第10話  「わ、たしは……」

 時間は午前の五時頃。俺たちはやっとルナ戦のアニメ全二十五話を完走した。


 「はぁー、終わったぁ!」

 「おもしろかったね!」

 「ほんと! やっぱアニメもいいね!」


 かなりの夜更かしということもあって、皆のテンションが少しおかしなことになっているが、実際アニメはとてもおもしろかった。


 「今すぐどのキャラをコスプレしたいか聞きたいところだけど眠いし先寝ちゃおっか」


 乃愛ちゃんはそう言って、床に敷かれた布団を指差す。

 俺たちはもちろん異論などなく、各々の布団へと潜り込んだ。


 布団は扉から離れたところから、神崎愛斗、乃愛ちゃん、雛乃ちゃん、蛍ちゃん、俺、珊瑚ちゃんとなっている。

 本当であれば神崎愛斗は別部屋になる予定であったが、時間も時間ということもあり、結局同室ということになった。

 

 俺は早く寝てしまおうと、目を閉じていると耳元で珊瑚ちゃんが小さく呟く。


 「さくら、起きてる?」


 目を開くと、すぐ目の前に珊瑚ちゃんの顔が。ち、近い……。珊瑚ちゃんの息遣いが耳まで届く。


 「うん。どうかした?」


 なんとか取り繕い返事をする。


 「なかなか寝付けなくて。さっきまであんなに興奮してたからかな」

 「眠くなるまで話そうか?」

 「いいの?」

 「うん。私も寝付けなかったから」

 「ふふ、一緒だね」


 それから十分ほど俺たちは小声でこそこそと話した後、珊瑚ちゃんは眠りについた。

 俺もそれから目をつむり、しばらくしてから眠りについた。


◆◇◆


 眩しい光が目蓋の上から目を照らす。

 ゆっくりと目を開けると、いつもとは違う天井。横を見ると、珊瑚ちゃんの可愛らしい寝顔に鼓動が早まる。

 寝る前は暗かったし、俺も眠かったこともありよく見ることができなかったが、はっきりと推しの寝顔を見ることができる今だからわかる。めっちゃ尊い! かわいすぎる!! 普段から顔を会わせているが寝顔はなんか特別という感じだ。これが幼馴染みが見ることができる光景か……。


 ふぅ、と一息つき、上半身を持ち上げ、辺りを見回す。


 「あ、さくらちゃんおはよう。って言ってももうお昼なんだけどね」

 「おはよう、ございます」

 「もう体調は大丈夫? ほら、逆上せちゃったやつ」

 「あ、もうそれは全然問題ないです」

 「ならよかった」


 辺りを見回す。俺と乃愛ちゃん以外は皆まだ寝ているが、一人だけ見当たらなかった。


 「愛斗なら他の部屋に移ってもらったよ。皆が起きたら着替えとかするだろうし」

 「そうだったんですね」


 乃愛ちゃんが俺の考えを読んだかのように、この場にいない神崎愛斗のことを教えてくれる。

 乃愛ちゃんは既に私服へと着替え終えていたため、俺ももう着替えてしまおうと、持ってきた私服を手に取る。


 もう着慣れた女性物の服に袖を通し、ワイドパンツを穿く。女性のファッションは未だによくわかっていないが、桃井さくらのスタイルが良いおかげか、それなりに様になっていると思う。


 「そういえばさくらちゃんはどのキャラにコスプレしたいか決めた?」

 「あ……いえ、まだです」

 「できれば今日中に教えてほしいけど、ゆっくりでいいからね。妥協しちゃダメだよ?」


 漫画「花園の主」では本来、桃井さくらはルナ達の国を攻め、ルナが亡命するきっかけとなった国の王女、サラをコスプレしていた。

 もちろんサラも魅力的なキャラクターではあった。ただ、俺がアニメを見てもっとも好きになったキャラクターは別のキャラクターであった。

 本来であれば俺は漫画に従い、サラのコスプレをすべきだろう。ただ……。


 「ん~、しぇんぱーい」


 考え込んでいると、背後で甘い声をあげ、乃愛ちゃんの腰に抱きついている雛乃ちゃんがいた。


 「ほら、雛乃。もうお昼なんだからシャキっとしなさい」

 「もうちょっとだけ~」

 「もう……!」


 口ではこう言いつつも、乃愛ちゃんの顔は満更でもなさそうだ。

 しばらくすると雛乃ちゃんは乃愛ちゃんに引き剥がされ、こちらに近づいてくる。

 

 「さくら、おはよう」

 「おはよう」

 「起きてすぐに目の前に推しの顔があるって、こんなに気持ちよく目が覚めるのね」

 「そうだね」


 なんか雛乃ちゃんが俺の心の声みたいなこと言ってる。そう思いつつ、同意の意味で頷いて見せると、雛乃ちゃんは俺の顔を覗き込んだ。


 「まさかさくらも先輩を……!?」

 「え!? あ、そういう訳じゃあ……」

 「あはは、知ってる知ってる。珊瑚でしょ?」

 「うん……、え!? なんで知って……」

 「だってずっと珊瑚のそばで珊瑚のこと見てるじゃん」


 他の人からだとそんな風に見えていたのか。


 「珊瑚ちゃんにも気づかれてるかな……?」

 「どうだろ。珊瑚ってなんか天然っぽいし。気づいてないかも」

 「だといいんだけど」

 

 俺の目的は珊瑚ちゃんと百合になること。今珊瑚ちゃんにこのことを伝えても困惑されるだけだろう。

 そのために俺は珊瑚ちゃんと神崎愛斗の間にたてられるフラグを回収するのだ。最初のフラグは芹沢先生との勝負の後、四月末に行われるコスプレイベントだ。

 少なくともこのイベントを終えるまではこの気持ちを珊瑚ちゃんに悟られるわけにはいかない。


◇◆◇


 三十分もすると、珊瑚ちゃんと蛍ちゃんも目を覚まし、それからみんなで再び豪華な食事を頂いた。


 それから蛍ちゃんの部屋へと戻り、乃愛ちゃんが口を開く。


 「じゃあ、みんな決まってたらで良いけど、誰のコスプレをしたいか教えてくれる? 無理して今すぐ教えてくれなくても大丈夫だけど、月曜日くらいまでには教えてほしいかな。ちなみに私はアリアをやるつもり」


 アリアとはルナ戦において主人公陣営の参謀を勤めたキャラクターだ。乃愛ちゃんがこのキャラクターのコスプレをするのは原作通りだ。


 「じゃあ、あたしはオーカにする!」


 オーカはアリアに思いを寄せる少年であり、剣術に長けた戦闘員だ。


 「え! 雛乃ちゃん男装するの!?」


 珊瑚ちゃんが驚きの声をあげる。それに対し雛乃ちゃんはにっこりと笑顔を作り言葉を紡ぐ。


 「先輩とカップルコスするんだ~! いいでしょ? 先輩」

 「雛乃がそれでいいなら私は良いと思うけど。珊瑚ちゃんは決まってる?」


 乃愛ちゃんの質問に珊瑚ちゃんは少し悩んだ後、口を開く。


 「あたしはリオをやってみたいです」


 リオは諜報、暗殺を主な役目とするクールな少女だ。


 「うんうん! 絶対似合うよ!」

 「では、私はルナをやってもよろしいでしょうか?」


 ルナは言うまでもなく、ルナ戦の主人公でありメインヒロインだ。


 「もちろん! さくらちゃんはもう決まった?」

 「わ、たしは……」


 俺はサラをコスプレすべきなのだろうか。しかし、俺が好きになったキャラクターは、弓を扱って戦い、近衛騎士であるレイクに思いを寄せるヒロイン、ミサだ。

 正直ここで俺がどちらを選択しても、ストーリーに大きな影響はないように感じる。それならば俺の好きになったキャラをコスプレした方がいいのではないか。


 「無理に今日教えてくれなくても良いんだよ?」


 なにより、好きなキャラのコスプレをした方がこれから桃井さくらとしてコスプレをして生きていくなかで、コスプレのことを好きになれる気がする。


 「私はミサのコスプレがしたいです」

 「ミサ! いいじゃん! さくらちゃんに絶対似合うよ!」

 「アリアにオーカ、リオとルナとミサね。分かった。ちゃんと期限までに作るよ」

 「しっかり寝るときは寝なさいよ?」

 「分かってるって」


 こうして、やるべきことは全て終え、突発的に始まったお泊まりイベントは幕を閉じた。


◆◇◆


 みんなと集合場所の駅で別れ、珊瑚ちゃんと最寄りの駅で電車を降りる。

 そして十三時過ぎた頃に、珊瑚ちゃんとも別れ、家へと辿り着いた。


 俺は今、自分の部屋で財布の中身とにらめっこしている。というのも、ルナ戦のアニメの続きが気になってしかたがないのだ。

 どうやらアニメの続編はまだ決まっていないらしい。漫画は既刊が十六巻、アニメでやった範囲は八巻までということだった。


 財布の中には一万円札が入っている。全巻買ってもお釣りが出る。が、なにぶんそこそこ高額な買い物だ。かなり迷う。


 とはいえこのまま迷っていても仕方ないので、俺は駅近の本屋に向かうことにした。


 先ほど通ったばかりの道を、再び歩く。

 十分ほど歩くと駅が見えてくる。その駅を通りすぎ、スーパーに隣接する建物が本屋だ。

 

 そこを目指し歩いていると、背後から聞き覚えのある声がかかった。


 「さくらじゃない。なにしてるの?」

 「本屋に行こうかなって。雛乃ちゃんこそどうしたの、こんなところで」


 振り返ると、スポーツウェアを身にまとった雛乃ちゃんがロードバイクに跨がって立っていた。


 「サイクリングよ。休日はいつもしてるの」

 「……すごいね」

 「さくらはどうして本屋に?」

 「ルナ戦の続きが気になったんだけど、まだ買うかどうかは悩んでるところ」

 「よかったら、あたしの家くる? 全巻持ってるし貸してあげるよ」

 「……いいの?」

 「ええ、これから帰るところだったし。結構歩くことになるけど大丈夫?」

 「大丈夫。じゃあ、お願いしようかな」

 「了解、ついてきて」


 雛乃ちゃんに続いて歩く。

 こうして思いがけず、新たなイベントが始まった。


 

 

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