第5話  「何で死にたい?」

 白鷺蛍。「花園の主」のメインヒロインにして正統派美少女。正統派ヒロインを多くコスプレしつつも、普段は少しあほっぽい。そして、家がお金持ちだ。それに成績もあまりよろしくない。


 「皆さんは何をしていらっしゃるのですか? その……下着姿で」


 そんな蛍ちゃんが首をかしげ、俺たちに尋ねる。それに反応したのは乃愛ちゃんだ。


 「コスプレをするための着替えの途中だったの。えっと……新入生だよね?」

 「はい。白鷺蛍と言います。その、私も混ざってもよろしいでしょうか?」

 「もちろん、大歓迎だよ!」


 そう言って乃愛ちゃんは、蛍ちゃんの分の段ボール箱を持ってきて差し出す。


 「この中に衣装入ってるから、好きなの選んでね」

 「ありがとうございます」


 蛍ちゃんは、頭を下げその箱を受け取り、自らの制服を脱ぎ始めた。


 「すごい綺麗な子だね」

 「う、うん」


 珊瑚ちゃんが俺の耳に顔を寄せ、小声で呟く。ち、近い……。


 「ほら、みんな。愛斗、外で待たせちゃってるから、ちゃっちゃと着替えちゃって!」

 「はーい」


 雛乃ちゃんが返事をして、衣装を着始める。俺たちも続いて衣装に袖を通した。


◆◇◆


 「愛斗ー! もういいよー」


 そう言って乃愛ちゃんは部室の扉を開き、神崎愛斗を部屋へ招く。


 「あれ? 後ろの人たちは入部希望の人?」


 部屋に入ろうとした神崎愛斗の背後に、二人の男が立っていた。


 「ダメだよ、彼らは乃愛の身体目当てなんだから」

 「はぁ? 何よ、身体目当てって」

 「あんなエロい女いたら一発狙うだろ、男なら、みたいなことを言ってたよ」

 「有罪ギルティ……!!」

 「あ、ちょっ……雛乃!」


 淡々と語る神崎愛斗の言葉を聞いて、雛乃ちゃんが二人の男に飛びかかり、ボールペンやハサミ、ありとあらゆる鋭利なものを男達の顔に突き立てた。

 雛乃ちゃんはコスプレ衣装を着ているため、なかなかシュールな光景だ。

 それに漫画で見るよりも迫力がすごい。っていうか改めて考えるとヤバイ女過ぎないか、雛乃ちゃん。


 「何で死にたい?」

 「は、はぁ? やれるものならやってみろよ」


 男達のその言葉の直後、雛乃ちゃんは一人の男の顔をめがけ、ボールペンを振り下ろした。

 そのボールペンは、男の顔の横すれすれの床に突き刺さる。


 「なんで避けるのよ」

 「いや……まじでやるやつがいるかよ」

 「は? あんだがやってみろって言ったんじゃない」


 完全に暴走している雛乃ちゃんを見て、神崎愛斗が乃愛ちゃんに対し小声で呟く。


 「ちょ、ちょっと、乃愛、止めてきてよ。君の後輩だろ?」

 「あんたの後輩でもあるんだけどね。もう」


 ため息をつきながらも乃愛ちゃんは、雛乃ちゃんの後ろに回り、猫を持つかのように脇下を抱え、持ち上げた。


 「こら、雛乃。危ないからやめなさい」

 「でも、先輩。あの愚図共、先輩を侮辱しました。死刑です!」

 「あんた、こんなことばっかやってるから怖がられて友達出来ないんじゃないの?」

 「あたしは先輩がいれば良いの! って、あれ? 愚図共がいなくなってる!?」

 「もう逃げたわよ、はぁ。珊瑚ちゃん達、ごめんね怖がらせちゃって。こんなんだけど根はいい子だから仲良くしてくれると嬉しいな」

 「あ、いえ。ビックリしただけで」


 珊瑚ちゃんが答える。


 「わ、私も雛乃ちゃんが優しいことは知ってるので」

 「なんかかっこよかったです!」

 

 続いて俺と蛍ちゃんも答えると、乃愛ちゃんは雛乃ちゃんの顔を見て、口を開く。


 「ほら、こんないい子達他にいないよ? あんたもこの子達だけでもいいから、ちゃんと仲良くやりなさい」

 「……うん」

 「よし! 面倒事は全部終わったね! じゃあ、新入生諸君。ようこそコスプレ部へ!」


 しんみりとした雰囲気を空気の読めない男がぶち壊す。そんな神崎愛斗に対し、乃愛ちゃんが苦言を呈す。


 「なんであんたが偉そうなのよ」

 「まぁ、いいじゃあないか。それにしてもこんなに入部してくれるとは。えーっと、リナリーゼとレイとミリエル。君たちが来てくれて嬉しいよ!」

 「こら! 人のことをあんたがコスプレさせたいキャラの名前で呼ばないの! 桃井さくらちゃんと蒼井珊瑚ちゃんと白鷺蛍ちゃんだからちゃんと覚えなさい! それにまだ入部するって決まった訳じゃないわよ」

 「え、あ、そうなのか……。そうだよな、さっき部活動紹介したばっかだもんな」


 さっきまでの勢いはどこえやら、神崎愛斗は見るからにショボくれた。そんなときに珊瑚ちゃんが口を開いた。


 「あの! あたし、入部したいです!」

 「え!? 珊瑚ちゃん、ほんとに!? うれしい!」


 珊瑚ちゃんの言葉に乃愛ちゃんが大袈裟に喜ぶ。

 

 「さくらはどうする?」


 珊瑚ちゃんの質問に俺は頷いた。


 「私も入ろうかな」

 「さくらちゃんも!」

 「私も入部したいです!」

 「蛍ちゃんまで! でもいいの? 他の部活の見学とか行かなくても」


 もっともな疑問だ。俺は目的のためにもコスプレ部ともとから決めていたが、この学校には他にも部活はたくさんある。

 この世界は原作通りに進んでいるので、ここにいる全員がコスプレ部に入部することになるんだが、乃愛ちゃんがそんな事を知るよしもない。


 「はい! 大丈夫です!」


 珊瑚ちゃんが俺と蛍ちゃんに目配せした後、勢いよく頷く。


 「そう? ならいいんだけど。そういえば雛乃はどうするの? 当たり前のように部室にいたから忘れてたけど」

 「あたしはもう入部届け書いたよー。ほら」

 「雛乃も他の部活見に行かなくていいの?」

 「あたしはもともとコスプレ部って決めてたもん。先輩いるし」

 「だって。よかったじゃん愛斗。みんな入ってくれるって!」

 「ああ、本当によかった! もう頭の中は彼女達のコスプレのことでいっぱいだと言うのに、作れないなんてことになったら生殺しだからね!」

 「相変わらずですね、神崎先輩は」


 雛乃ちゃんは、じとっとした目で神崎愛斗のことを見ながら呟く。


 「ごめんね、こいつ変態だけど悪いやつじゃないから。変態だけど……」


 さっきまでの笑顔はどこえやら。何かを思い出したのか、どこか遠い目をして乃愛ちゃんが呟いた。苦労してるんだな……。


 「まぁ、気を取り直して! みんな入ってくれるってことで、はい、これ入部届。書いて担任の先生に渡せばいいから」

 「ありがとうございます」


 乃愛ちゃんから三人の手に入部届けが手渡され、俺たちは頭を下げながらそれを受け取った。


 「これで部員が六人になったということで! やっとこの物置部屋から引っ越しが出来ます!」

 「引っ越し……?」

 「私たち創部一年目だから見逃されていたんだけど、本当は部員五人いないと正式な部として認められないの。だから本来なら、部室もないんだけど、それは私が生徒会権限で何とか物置部屋を使わせてもらってたんだよ」


 珊瑚ちゃんの疑問に乃愛ちゃんが答える。ものすごい職権乱用をしている気がするが、ここは言及しない方がいいんだろうな。


 「でもこうして、部員数が六人になったことで正式な部になったからね。ちゃんとした部室に引っ越せるの! ほら、この部屋狭いでしょ?」

 「僕は何だかんだこの部屋気に入ってるんだけどなぁ」

 「あんたの荷物が日に日に増えていくから狭くなるんじゃない。このままだとあと一年でこの部屋が段ボール箱で埋まっちゃうでしょ? そうなったら、いくつか衣装も捨てないといけなくなるよ?」

 「それはダメだ!」

 「でしょ? だから引っ越すの」

 「ああ、そうしよう! すぐしよう!」

 「すぐにとはいかないだろうけど、とりあえず明日相談してみるから。みんなもごめんね? コスプレ部としての最初の活動は引っ越し作業になりそう」


 乃愛ちゃんが胸の前で手を合わせて、謝る。そんな乃愛ちゃんの言葉に、蛍ちゃんが気の抜けた声で言葉を発した。


 「引っ越し! 一度、してみたかったんです!」

 

 蛍ちゃんのその言葉にみんなで笑って、それからたくさん話して、俺たちは夕方くらいに帰宅した。

 なんだか、男の頃から含めても、ここ最近で一番人と話した一日だった。

 桃井さくらになってから以前よりも人と話すことが楽しく感じるようになったのは、多分気のせいではないんだろうな。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る