橘
豊 海人
第1話
むかしむかし浦島は
助けた亀に連れられて
竜宮城に来てみれば
絵にも描けない美しさ
乙姫様の御馳走に
鯛や比目魚の舞踊り
ただ珍しくおもしろく
月日のたつのも夢の中
遊びにあきて気がついて
暇乞いもそこそこに
帰る途中の楽しみは
土産に貰った玉手箱
帰って見れば こは如何に
元居た家も村も無く
路に行きあう人々は
顔も知らない者ばかり
心細さに蓋とれば
あけて悔しき玉手箱
中からぱっと白煙
たちまち太郎はお爺さん
お爺さん………
お爺さん……
お爺さん…
*
時は遡り、5世紀は允恭天皇の時代
天皇のお后様に、弟姫(おとひめ)様という
それはそれは美しいお姫様がおりました。
弟姫様は、またの名を衣通郎姫(そとおりひめ)とも良い、機織りを器用にこなしては、五色に輝く柔らかな布を沢山沢山織り上げる事も出来る姫様でありました。
そんな働き者でもあった姫様は
民にも、そして勿論天皇にも深く愛されて
天皇は弟姫様の為だけに、藤原宮を造営
れたのでありました。
そんな、弟姫様の為の藤原と呼ばれたその宮は、絵にも描けない美しさだったそうな
*
「道代様!!道代様!!一体何処に行ってしまわれたのですか!!道代様ー!!」
ここは、かつて弟姫様の為に造られた藤原宮
弟姫様の時代からは、長い年月が過ぎた奈良の時代
道代と呼ばれたひとりの少女は、よく晴れた青空の下、女官の金切り声が響き渡る音を聞きながら楽しそうに木の影に隠れると、小さな両手で自分の口を塞ぎながら、女官の行方を息を凝らして見守っていました。
「あぁ……もう、なんて手のかかる姫様なのでありましょう。道代様ー!!」
慌てふためきながら探し回る女官に気づかれない様、そろりそろりと這う様に女官から遠ざかった道代は、土の汚れ等まるで気にならない素振りで、草花が茂る地面の上にゴロリと寝転びました。
「あぁ……なんて、いいお天気」
照りつける太陽の光に目を細めながら、気づくと黄色い蝶々に囲まれていた道代は、その来訪者達にゆっくりと右手を伸ばしました。
「あなたも逃げ出してきたの?ここは窮屈ですものね」
道代の人差し指に止まった太陽色をしたその蝶は、じっと動かず、ゆっくりとそこで羽を休ませ始めました。
道代は道代で、その邪魔をしないように手は決して動かさないまま、陽の光の中で一緒にまどろむべく、静かに目を閉じたのでした。
*
「またこんな所に……さぁ女官達が大騒ぎしてる、一旦一緒に戻ろう道代」
優しい声に起こされた道代がゆっくりと目を開けると、そこには幼き頃から共にこの藤原宮で育ち、そして生まれながらの許嫁でもある史(ふひと)が、困り顔で道代の事を見下ろしていました。
「だって……最近は毎日毎日あらゆる事を詰め込まれるんだもの。少しは外で過ごしたっていいでしょう?」
「じゃあ少し私と散策するという理由で、おば上様に時間を作ってもらうよう頼んであげるから、勝手に居なくならない事!いいね?わかった?」
「本当に?史から母上様にちゃんとお願いしてくれる?」
「あぁ、約束する」
「わかったわ……史がそう言うなら」
道代が史に手を引かれて立ち上がると、宿り場所を失った蝶は道代の頭に、髪飾りの様に止まりました。
「困ったわ、動けない」
頭上の蝶を心配そうに上目遣いで見守るその姿に史は穏やかに微笑むと、自分の頭巾冠を脱いで、道代の頭にそっと被せました。
「ありがとう史!蝶々さん一緒に帰ろうね!!」
「さぁまずは女官達に謝ろうね、みんな心配してるんだからね」
「わかった、嫌だけど……わかった」
「嫌だけどは余計だけど……さぁ行こう」
幼いふたりは、自然豊かなその空間の中でこれからもずっと生きていくのだと、そう信じていました。
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