第35話 思い出

キヨトが亡くなって一週間が過ぎた。覚悟は出来ていたはずだったけれど、失ったものが大きすぎてしばらく日常に戻れる気がしなかった。


キヨトは私の生活の全てだったから。

家の中はキヨトとの思い出のものばかりだ。


キヨトは今ちょっと入院していただけで、ひょっこり戻って来そうな気すらする。


そんな思いが浮かんでくるたびに、「そんなことはない、現実を見ろ」と自分に言い聞かせ、幻想を打ち消した。気を抜くと現実を受け入れられずに都合のいい妄想の沼に落ちていきそうだった。


私がいつまでも落ち込んでいたら、キヨトに心配されてしまう。


少しずつ、キヨトの物を整理することにした。キヨトのいない現実を受け入れなければならない。少しずつでいいから、新しい日常に慣れていかなければならない。


キヨトがパソコンに綴ってくれた約三年分の記録を読み返すのが日課になっていた。キヨトはこんなに沢山のことを感じて考えていたんだと思ったらまた泣けた。それに、それを一生懸命伝えてくれたんだ、と思うとまた泣けてきた。

何をしていても泣けてしまう。


こんな私を見てキヨトはなんて言うだろうか。

『母さん、大丈夫だよ』

と言ってくれたような気がした。




キヨトの文章を繰り返し読んでいたら、これを自分限りにしておくのはすごく勿体ないことではないか、という思いが日に日に強くなっていった。


もう少し心の整理がついたら、これらを何らかの形で公開して、キヨトの光を沢山の人に届けるのはどうだろうか。


きっとキヨトと同じような障害のある方やご家族の力になるに違いない。いや、それ以外の人にも多くのことを知ってもらうきっかけになるはずだ。


私はそんなことを思っていた。




それは、キヨトが亡くなって1ヵ月ほど経ったある日のことだった。


いつものように、キヨトの文章を読み返していたら、いつものとは違うフォルダーあることに気が付いた。


こんなフォルダー、あっただろうか?

フォルダー名は「新しいフォルダー」のままだった。単に間違えて作成してしまったものかもしれない。


どうして、今まで気が付かなかったのだろうといぶかしく思いながら一応そのフォルダを開いてみた。


そこには文書が一つ保存されていた。


私はそれを読んで、また涙が止まらなくなった。

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