第34話 怒りっぽい少年


 池のほとりに近づくと、より声がはっきり聞こえてきた。


「やい! 隠れてないで、さっさと出てきやがれ! そしてオレと勝負しろ!」


 ……いきなり穏やかでない会話であった。


 声を荒げているのは赤髪ツンツン頭の少年レンだ。彼はどういうわけか、静かな池の水面に向かって怒鳴っている。

 ヒナタが呆れた声で呼びかけた。


「ちょっとレン。そんな乱暴なこと言って、なにがあったのよ」

「ああん? なにってヒナタ、おまえ――」


 言いかけ、レンが口を閉ざす。

 振り返った彼の視線が、ユウキに釘付けになった。


「てめえ、誰だよ?」


 半眼で睨まれた。

 これまでユウキが接してきた子どもたちの中で、最も凄みのある声と表情である。


 目つきが悪く、姿勢もちょっと猫背気味。あちこち走り回っているせいか、手足だけでなく頬にもちょっと土汚れが付いている。

 だがユウキは気圧されなかった。むしろ、これまで出逢ったことのないタイプの子に興奮した様子だった。

 手を差し出す。


「はじめまして。ユウキです。今日からもふもふ家族院の院長先生になりました。よろしくね」

「院長先生だぁ? ……ああ、そういや天使様がそんなこと言ってたらしいな」


 ぼそりと付け加えるレン少年。ユウキはその一言で、レンが悪い子ではないと直感した。

 ニコニコ顔で差し出した手。それをレンは振り払う。


「はっ。いきなり出てきて、はいそうですかってすぐに仲良くできるもんか」

「ちょっとレン!」


 ヒナタが眉を逆立てる。レン少年は鼻の頭をかいた。


「ああもう、うるさいなあ。こっちはそれどころじゃないってのに」

「なにがあったの?」

「新入りにはすぐに教えてやるもんか」


 ユウキの問いかけにそっぽを向きながら答える少年。ユウキは目をぱちくりさせた。


「テレビで見たことあったけど、本当に言ってる子、初めて見た」

「ああん!? なんだよ『てれび』って!」

「それはね――」


 レンの隣に肩を寄せ、身振り手振りでテレビの形や機能を説明するユウキ。他の子たちも興味深そうに近寄ってきた。


「――っていうのがテレビだよ」

「へーえ。おまえの住んでた余所の世界にはそんなモンがあったんだなあ――って! オレは騙されねえぞ!」

「騙してなんかないのに。レンみたいな台詞をテレビで見たってだけで。ちょうど、このぐらいの小っちゃい子が同じ台詞を言ってた」

「オレは小っちゃくねえ!」


 地団駄を踏むレン。ユウキは自分の胸元あたりに手を掲げたまま、不思議そうに首を傾げた。

 ヒナタが耳打ちする。


「レンはね。家族の中で一番背がちっちゃいから、気にしてるの」

「そうなんだ。それは悪いことをしたね」


 ユウキは頭を下げた。


「ごめんね、レン」

「謝んなよはずかしい!」


 握りこぶしを作って語気を強めるレン少年。ちょっと言葉遣いが悪いだけで、根っこは皆と一緒で良い子なんだなあとユウキは思った。ちゃんと話は聞いてくれるし、話題に乗っかってくれるし。


 新しい院長先生がまったく動じていない様子に、レンは疲れたように肩を落とした。


「もう、まったく……なんなんだよコイツ。いきなりやってきて、わけわかんねえ」

「レンが誰彼構わず噛みつくからでしょ。ユウキは最初っからこんな子だよ」

「ああもう、ちくしょう! めんどくせえ!」

「すーぐ起こす」


 ヒナタが呆れた。ユウキはうなずく。


「レンがちょっと怒りっぽいってのは、よくわかったよ」

「おい!」

「それで、さっきはなんで怒ってたの?」


 池の水面を見る。ユウキたちが来る前、確か彼は水面に向かって怒鳴っていた。

 川の上流にあたるこの場所も、透明度が高い。ほとりから観察する限り、なにか気になるものは見当たらなかった。

 レンは眉根を寄せたままだ。


「だーから、が引っ込んだまま出てこねぇから怒ってんじゃねえか」

「あいつ?」


 ユウキとヒナタは顔を見合わせ、そろって首を傾げる。

 怒りがぶり返してきたのか、レンは詳しく説明する間もなく、再び池に向かって大きな声を上げ始めた。


 彼を落ち着かせようとしたとき、ユウキに話しかけてくる声があった。


「あの。ボクから説明、してもいいかな? 院長先生」


 そう言って遠慮がちに前に出てきたのは、レンと一緒にいた銀髪の男の子ソラだった。


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