福島

第265話 福島へ

 バレンタインも終わり、二月も後半となったとある平日の夕方。

 海愛と彩香の働いている銭湯に、クラスメイトの江畑雫と高牧真穂乃がやって来た。


「二人とも、お風呂入りにきたわよ〜」


 フロントにいる彩香たちに真穂乃が声をかける。


「いらっしゃい! 真穂乃、雫」


 彩香も営業スマイルで二人の対応をした。


「いらっしゃいませ!」


 海愛も同様に対応する。


「ねぇ、彩香。阿佐野さん。ちょっといい?」


 仕事に従事する二人に雫が話しかける。


「……どうしたの? 雫?」


「実はこの四人で旅行したいねって高牧さんと話してたんだけど、どうかな?」


「あ〜確かにそれはいいかもね。四人で旅行できる機会も少なくなるだろうし……」


 その提案に、彩香が真っ先に賛成する。海愛の引っ越しの前に四人で旅行して思い出を作っておきたいと考えたのだ。

 もちろんその提案には海愛も大賛成だった。


「じゃあ決定ってことでいいわね。行き先はどこにしましょうか?」


 だが、そうなると問題となるのは行き先だ。土日を利用して旅行することになるので、そう遠くへは行けない。かといって、近場ではあまり旅行気分を味わえないだろう。

 四人が旅行先について悩み始める。

 銭湯のドアが突然勢いよく開いて常連の女性客が入ってきたのはまさにそんな時だった。


「やっほー! お風呂に入りにきたわよ〜」


 笑顔でフロントにいる彩香に声をかけたのは、山梨旅行の時にお世話になった大学三年生の森内菜月もりうちなつきだ。

 長身ですらりと伸びた四肢やツヤのあるロングヘアが特徴的な凛々しい顔立ちの女子大生で、あの旅行の後も頻繁にこの銭湯に客として通ってくれているのだ。


「あ……菜月さん! こんばんは!」

「いらっしゃいませ! 菜月さん!」


 彩香と海愛は来客の方に視線を向けると、笑顔であいさつをした。


「こんばんは、菜月さん」

「お久しぶりです」


 雫と真穂乃もあいさつをする。二人も頻繁にこの銭湯を利用しているため、常連客の菜月とはすでに顔見知りだった。


「ええ、こんばんは。雫ちゃん、真穂乃ちゃん」


 菜月も笑顔であいさつを返す。

 その後、四人の顔を見回してからゆっくりと話し始めた。


「……ところで今ちょっと話し声が聞こえたんだけど、みんなで旅行する計画を立ててるの?」


「あ……聞こえてました? そうなんですよ。海愛の引っ越しの前にみんなでどこかに行きたいねって話してたところなんです」


 彩香が代表して事情を説明した。

 ちなみに海愛の引っ越しのことは菜月もすでに知っている。


「なるほど……四人で出かけて思い出を作ろうと考えてるわけね……」


 だから菜月は、しばらく思案したのちにとある提案をした。


「……じゃあ、もしよかったらウチの実家の旅館に遊びにこない? 温泉も観光地もあるし、景色もキレイだし、食事もおいしいわよ!」


「菜月さんの実家って確か福島でしたっけ?」


「そうよ。福島の東山温泉にある老舗旅館が私の実家。……実は私、年末年始も去年のお盆も実家に帰ってなくて、たまには帰省しなさいってお姉ちゃんに怒られちゃったのよね。……まぁこの間の山梨旅行の時に一度車を取りに実家に戻ったんだけど……その時はほとんど蜻蛉返りで東京に帰ってきちゃったから帰省したとは言えないのよ。だから今週末に車で帰省してしばらく実家でゆっくりするつもりだったの。大学はもう春休みだからね」


「なるほど……そうだったんですか」


 話を聞き、納得する彩香たち。

 大学進学のために上京した学生が春休みなどの長期休暇を利用して実家に帰省するのは普通のことだ。年末年始やお盆に帰省しなかったのなら、帰ってこいと言われるのも無理はないだろう。


「……そういうわけだからどうかな? 一緒に行くなら私の車に乗せてくわよ?」


「で、でも……さすがに迷惑じゃないですか? この間も山梨まで乗せてもらったのに……」


 今度は海愛が口を開いた。去年の12月に山梨旅行をした時にいろいろとお世話になったばかりなので、また世話になるのはさすがに気が引けたのだ。

 しかし、菜月本人はそんなことまったく気にしていない様子だった。


「全然迷惑じゃないわよ。もともと車で帰るつもりだったし、それにお姉ちゃんも海愛ちゃんたちに会いたがってたしね」


 どうやら海愛たちが実家に来ること自体は大歓迎らしい。


「それならお言葉に甘えてもいいんじゃないかな? あたし、福島には行ったことないからちょっと興味あるんだ……」


 菜月の提案に真っ先に賛成する彩香。

 福島に行ってみたいという意見については海愛も同感だった。


「そうだね。お邪魔じゃないなら私も行ってみたいかも……真穂乃と江畑さんもいいかな?」


「もちろんいいわよ。冬の福島なんてキレイでしょうし、何より海愛が行きたいなら尊重するわ」


「私も賛成! 今週の土日を利用して、みんなで福島に行こうよ!」


 真穂乃と雫が即答する。二人とも冬の福島を訪れることには大賛成のようだ。

 

「……じゃあ決まりね! 今週の土曜日に出発ってことでいいかしら?」


「はい! よろしくお願いします!!!!」


 こうして次の旅行先が決まり、海愛たち一同は菜月に深々と頭を下げるのだった。




          ◇◇◇◇◇




 そして土曜日の早朝。

 しっかりと防寒対策をした四人が彩香の実家の銭湯の前で待っていると、菜月が車に乗ってやってくる。

 この間の山梨旅行で海愛と彩香が乗せてもらった赤いボディが特徴的なスポーツカーだ。

 菜月が言うには、山梨から帰ってきて以来ずっと親戚の家に停めさせてもらっていたらしい。

 だが、ずっと駐車させてもらうのも申し訳ないので、今回帰省するタイミングで引き取ることにしたというわけだ。


「さぁ、みんな乗って!」


 菜月が運転席の窓から顔を出し、乗車を促す。


「お世話になりま〜す!!!!」


 さっそく海愛は助手席に座り、その他の三人は後部座席に座る。

 そして、四人はしっかりとシートベルトを着用した。


「じゃあ行くわよ!」


 四人がしっかり座ったことを確認した菜月がアクセルを踏み、車を発進させる。


 いよいよ福島旅行の始まりだ。



 

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