第207話 クリスマス⑤

        〜東三局〜


 東三局は比較的静かに始まった。


 誰も鳴かず、リーチもかけず、ただ牌をツモる音と捨てる音だけが響く。


 そんな状態がしばらく続き、このまま誰もアガらずに流局するのではないかと思われた頃。


「……リーチ!!」


 彩香が突然リーチ宣言をするのだった。

 

 他の三人に緊張が走る。うっかり振り込んでしまった場合、何点削られるか見当もつかないからだ。


 ツモアガリされたら諦めるしかないが、せめて放銃だけは避けようと慎重に切る牌を選ぶ三人。


 捨て牌から相手の待ち牌を予想することはできるが、それでも放銃の可能性をゼロにすることはできない。

 また、ある程度相手の待ち牌を予想できても手牌に安牌がなければ危険牌で勝負するしかない。


 何事もなく流局してほしかったのだが……牌山の牌も残りわずかというところでついに真穂乃が振り込んでしまった。


「ロン!!」


 真穂乃の捨てたチーマンに反応し、手牌を倒す彩香。


「メンタンピン、イーペーコー、ドラ1……12000!!」


 残念ながら裏ドラはのらなかったが、それでも満貫だ。

 比較的高い点数と言えるだろう。


「……よし! 一位の真穂乃に直撃できた!!」


 彩香が歓喜の声を上げる。今のアガリで一位を取り戻すことができて嬉しいのかもしれない。


 だが、ここで真穂乃が冷静に指摘した。


「喜ぶのは早いわよ、彩香」


「……え?」


「河をよく見なさい……フリテンよ?」


「……フリテン? ……あ!」


 真穂乃に指摘され、自身の捨て牌を確認した彩香の表情が青ざめてゆく。


 海愛と雫も、河に視線を落としてみた。

 確かに彩香は自分でアガリ牌を捨ててしまっている。

 まさかのチョンボだ。


「ホントだ……高牧さんの言う通りだね」

「彩香らしいなぁ……」


 思わず苦笑してしまう二人。

 おっちょこちょいな一面もある彩香らしいミスだったので、少し呆れてしまったのだ。


「あ〜こんな初歩的なミスをするなんて〜!!」


 一方、ミスを指摘された本人は本気で悔しそうにしていた。

 まさか自分でもこんなミスをするなんて思っていなかったのだろう。


 だが、どれだけ嘆いてもチョンボになってしまった事実は変わらない。


 せっかく満貫が完成していたのに、逆に満貫罰符を支払うことになってしまうのだった。


「さてと……東三局はやり直しね」


 彩香が他の三人に4000点ずつ支払い、再び東三局が始まる。


「……もうこんなミスはしないから」


 満貫罰符を支払ったことで三位に転落してしまった彩香はものすごい気迫だった。

 とにかく今の失点を取り返したいのかポンやチーで刻子もしくは順子を完成させてゆく。

 そして他の三人に聴牌させる隙も与えずアガるのだった。


「……ツモ! 500オール!!」


 役は喰いタンのみ。

 これでは先ほどの満貫罰符で支払った点数の8分の1ほどしか取り返すことができない。

 おそらく連荘で少しずつ取り戻してゆくつもりなのだろう。


「さぁ、初めての一本場だね……」


 卓の上に積み棒が置かれる。

 東三局一本場のスタートだ。


 再び打牌が始まる。

 

 結論から言うと……ここでも彩香が無双した。


「ロン! 3200!」


 まず雫から30符2翻をアガり、


「ロン! 3000!」


 続く二本場では真穂乃からチートイツをアガる。


「ツモ! 4200オール!!」


 そして三本場で30符4翻のツモアガリを見せるのだった。


 この時点で先ほどの満貫罰符を超える点数を獲得した彩香。

 だが、まだまだ親番は終わらない。

 四本場でも彩香が猛威をふるう気配を感じた。


「とにかく親番を終わらせないといけないね……チー!」


 雫が彩香の捨て牌で順子を作る。


「このままじゃ何点取られるかわからないもんね……ポン!」


 確実にアガるため、海愛もすかさず鳴きをいれた。


「あ、サンソー……それカンよ!」


 雫と海愛が急いでアガろうとする中、真穂乃が彩香の捨てたサンソーを見てカンを宣言し、槓子を作る。

 ここで初めて槓ドラがめくられた。


 しかし、このカンは結果的に大失敗となる。


「……ツモ! メンタンツモ、三暗刻、ドラ6! 12400オール!!」


 なんと彩香は槓ドラだけでなく槓ウラまでのせて三倍満をアガッたのだ。

 ちなみに、通常のドラはのっていない。

 このアガリは完全に真穂乃のミスと言えるだろう。


「三倍満……」


 あまりに高い役に、息を呑む海愛。

 

 雫は彩香の手牌を三倍満にまで高めた張本人を非難した。


「もう! 高牧さんがカンしたから三倍満になっちゃったじゃない!! カンしなければ満貫止まりだったのに……」


「ご、ごめんなさい……ソーズが捨てられたからつい……」


 真穂乃も一応責任は感じているようだ。


「お詫びに彩香の親番は次で私が終わらせるから許して」


 せめてもの償いとばかりに宣言する。


「あたしはまだまだアガるつもりだからね……連荘を止められるなら止めてみてよ」


 そんな真穂乃の挑戦を真っ向から受けて立つ彩香。

 次からは二翻縛りとなるためアガるためのハードルは若干高くなるのだが……二人ともそんなことはまったく気にしていない様子だ。


 そして始まる東三局五本番。


 激戦を制したのは、三回ほど鳴いて誰よりも早く役を完成させた真穂乃だった。


「……ロン! 混一色、ハツ……6700よ!」


 40符3翻……しかも彩香からのロンアガリだ。

 これで親を流すことに成功し、かつ現在最も点数を稼いでいた彩香を削れたことになる。


 この有言実行にはさすがに三人とも驚きを隠せなかった。


「やられた……まさか本当に親を流されるなんて……」


「しかも彩香に直撃なんてね……」


「私、ハコテンギリギリだったから助かったよ……」


 最下位の海愛は特に真穂乃に感謝していた。

 いつトバされてしまうかひやひやしていたのだ。


「ふふ……これで少しは罪滅ぼしになったかしら?」


 宣言通り親を流すことができて真穂乃も一安心している。


「さぁ、次は私が親だね!」


 こうして五本場まで続いた東三局が終了し、雫に親番が回るのだった。 


 

 


 

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