和歌山

第129話 和歌山へ

 伊勢市駅に戻った三人は、電車で松坂駅へと向かった。


 時刻はすでに18時過ぎ。

 11月なので周囲はもう真っ暗だ。


 松坂駅で下車した三人は、しばらく雑談しながら駅周辺を散策することにした。

 話題はもちろん、伊勢神宮への参拝についてだ。


「いや〜すごい神社だったね、伊勢神宮! まだちょっと緊張してるよ……」


「確かに……特に内宮は日本の最高神をお祀りしてる神社だったものね」


 彩香と真穂乃は未だに参拝時の緊張感が残っている様子だった。

 伊勢神宮という国内でも最高の格式を誇ると言っても過言ではない神社に参拝したのだから、しばらく緊張感が残るのも仕方のないことだろう。


 そんな中、雫が別の話題を切り出した。


「……ねぇ、今日は和歌山のホテルに泊まるんだよね? 時間は大丈夫なの?」


 どうやら時間を心配しているらしい。

 この後は宿泊予定のホテルがある和歌山県まで移動しなければならないため、そろそろ電車に乗った方がよいと考えているようだ。


 その心配を晴らすために、彩香が答える。


「時間なら大丈夫だよ。電車の発車時刻はまだ先だからね。それよりお腹すいたから夕食にしようよ!」


 食事の提案をすると、二人は急に空腹を感じるようになったのか、手でお腹を押さえた。


「そういえば、お昼に伊勢うどんを食べたきりだったわね」


「どうりでお腹が空くわけだよ」


 今日は開け方に家を出て、お昼前に名物の伊勢うどんを食べ、その後はずっと伊勢神宮の宮社を巡っていた。

 そのため三人ともお腹はペコペコなのだ。


「決まりだね。二人は何がいい?」


 彩香が他の二人に何が食べたいかを訊ねる。


「そうね……松阪といえば松阪牛が有名よね……」


「松阪牛か……さすがに高校生が夕食で食べるには贅沢すぎるんじゃないかな?」


 雫が冷静に自分の考えを口にする。

 すき焼き、しゃぶしゃぶ、ステーキなどなど、名物だけあって確かに駅周辺には松阪牛を味わえる店が多数存在するのだが、それなりの店で食べようと思えば、どんなに安くとも数千円はかかってしまうのだ。


「それなら駅弁はどうかな? 松阪牛を使った牛肉弁当とかちょうどいいんじゃない?」


「……え? 松阪牛の牛肉弁当なんてあるの?」


 雫が彩香の言葉に反応する。


「うん。手頃な価格で松阪牛が楽しめるから人気みたいだよ。……まぁ、手頃な価格といっても普通の駅弁と比べたら値が張るんだけど……でも、せっかく松阪まで来たんだからちょっとくらい贅沢しようよ!」


「そうだね……私も松阪牛は食べてみたいし……高牧さんもいいかな?」


「もちろん私も賛成よ! 食べたことないから楽しみだわ!!」


 どうやら雫も真穂乃も夕食を駅弁で済ませることに賛成のようだ。


「じゃあ、さっそく買いに行こっか! 和歌山まで特急で二時間以上かかるから、駅弁は電車の中で食べるってことでいいよね?」


「おぉ〜電車で駅弁……なんか旅っぽい!!」


 目を輝かせて子どものようにはしゃぐ雫。

 電車の中で駅弁を食べながら目的地に向かうという、いかにも旅らしい行為に少なからず憧れを抱いていたのだろう。


「いいわね。そうしましょう!」


 真穂乃も特に異論はないようだ。


 こうして三人はスマホで駅弁を販売している店を探し、牛肉弁当を買いに向かうのだった。




         ◇◇◇◇◇


 そうしてさらに時間は経過し、夜空に無数の星が輝き始めた頃。


 彩香、雫、真穂乃の三人は松坂駅の改札を通り、名古屋方面からやって来た特急電車に乗り込んだ。


 この電車は愛知と和歌山を繋いでいる。

 松坂駅を出発した後は三重県内のいくつかの駅に停車しながら終点の新宮駅しんぐうえきを目指すのだ。


 現在の時刻は21時前。


 三人は終点まで乗車することになっているので、到着は23時を過ぎるはずだ。


 先ほど購入した駅弁を食べる時間は充分にあるだろう。


「ふぅ……さすがに疲れたわね……」


 真穂乃が指定席に腰を下ろし、つぶやいた。


「いろいろ歩き回ったもんね。私もどっと疲れが出たような気がするよ……」


 その言葉に雫も共感している。

 早朝に東京を出発し、三重に到着した後は、あちこちに建てられている伊勢神宮の宮社を巡ったので今になって体が疲労を感じてしまったのだろう。


「あはは……確かに疲れたね。でも後は電車に乗ってるだけでいいからラクじゃない?」


「そうね。駅弁を食べて、少しくつろいでたら二時間なんてあっという間よね」


「じゃあ、さっそく食事にしない? 私、もう待ちきれないよ」


 そう言いながら、雫が駅弁のふたを開ける。


 中にはご飯と野菜、そしてメインの松阪牛が大量に詰まっていた。


 まさに牛肉弁当と呼ぶにふさわしい駅弁だ。


「すごい……美味しそう……」


 箱の中で一際存在感を放っている牛肉を見て圧倒される雫。

 まだ食べていないのに、見ただけで美味であることが伝わってくるようだった。


「それじゃさっそく……いただきます!!」


 膝の上に箱を置き、割り箸を手に取る。


 だが、そんな雫の行動を彩香が唐突に制止した。


「……あ! ちょっと待って!」


「……どうしたの? 彩香……」


「せっかくだから写真撮って海愛に送ろうよ! お肉好きだから、絶対羨ましがると思うよ」


「そういえば阿佐野さん、肉料理好きだったね……でも羨ましがらせるためだけに写真送るってどうなの……?」


 どうやら雫はあまり乗り気ではないらしい。

 

 しかし、真穂乃は彩香の味方だった。


「いいじゃない! 海愛に送りましょうよ、この見るからに美味しそうな松阪牛の写真を!」


「高牧さんまで……まぁ、いっか……」


 そう言って、雫がポケットからスマホを取り出す。


 彩香と真穂乃も同様にスマホを取り出して、カメラアプリを起動した。


 そして駅弁を撮影すると、その写真を一斉に海愛に送信する。


「……これでよしと。海愛からどんな返信がくるか楽しみだね。……それじゃ、食べよっか!」


「ええ!」


「うん!」


 写真を送信し終えたので、いよいよ少し遅めのディナータイムだ。


「「「いただきます!!!」」」


 まずはメインの松阪牛を箸で持ち上げ、口に運ぶ。


 咀嚼した瞬間、えも言われぬ味が口中に広がった。


「……何これ!? めちゃくちゃ美味しい!」


 彩香が味の感想をストレートに口にする。


「うん……こんなお肉食べたことない……柔らかくてジューシーでほんのり甘みまで感じられて最高の牛肉だよ」


 雫も松阪牛の味に感動したようだ。

 今にも涙を流しそうな表情で松阪牛を味わっている。


「さすが日本三大和牛のひとつね……レベルが高いわ……」


 松阪牛は、兵庫の神戸牛や滋賀の近江牛といっしょに『日本三大和牛』のひとつに数えられている。


 そのため駅弁であっても非常にクオリティが高いのだ。


 特に神戸牛で有名な有馬温泉街出身の真穂乃が絶賛するのだから、レベルの高い牛肉であることは間違いないだろう。


 気がつけば三人は夢中になって牛肉弁当を味わっていた。




         ◇◇◇◇◇


 三人が駅弁を味わっている間も電車は和歌山県に向けて進む。


 駅弁を食べ終わった後はペットボトルのお茶でのどを潤しながら、車内でまったりと過ごすことにした。


 何もしない贅沢な時間が車内に流れる。


 特に会話もせず何も考えず、ただぼうっと過ごしていると、いつの間にか終点の新宮駅が間近に迫っていた。


 電車の中でくつろいでいれば、二時間なんてあっという間のようだ。


「もうそろそろ到着だね。二人とも、そろそろ降りる準備を始めた方がいいよ」


 座席のリクライニングを倒して完全にリラックスしてしまっている二人に、彩香が声をかける。


「……もうそんな時間なのね」


「意外と早かったね」


 真穂乃と雫がリクライニングを元に戻し、荷物をまとめ始める。


 そうしていると、電車は終点の新宮駅に到着した。


 車内に残っていた乗客が立ち上がり、一斉に電車から降り始める。


 彩香たちも下車すると、そのまま改札を通って駅の外に出た。


 時刻は23時を過ぎているので、気温もかなり下がっており、夜風が冷たく感じられた。


「とりあえずホテルはすぐそこだから急ごうか」


 駅を出ると、彩香が先頭に立って歩き出す。


 その後に雫と真穂乃が続いた。


 そのまま寄り道をせず、まっすぐホテルに向かう。


 時間が時間なので、三人とも早くホテルに向かわなければならないと理解しているのだ。


「……さ、着いたよ」


 駅から歩くこと約数分。

 宿泊予定のビジネスホテルに到着する。


 すぐにフロントでチェックインを済ませると、三人はそれぞれ別の部屋の鍵を渡された。


 全員別々の部屋に泊まることになっているため、ホテルでは三人バラバラになってしまうのだ。


「……それじゃあ今夜はここで別れて、明日の朝またロビーに集合ってことでいいかな?」


「それがよさそうね」


「明日は何時くらいにロビーに集まればいいのかな?」


 雫が集合時間を訊ねる。


「そうだね……明日のバスの時間を考えると七時半くらいには出発したいから……七時にロビー集合で、朝食を済ませたらそのままホテルを出るってことでどう?」


 明日のバスの時間から逆算し、集合時間とチェックアウト時間を決める彩香。


「わかった。そうしよう!」


「七時集合ね。それなら急いでシャワーを浴びて寝ないといけないわね」


「じゃあ、決まりだね。二人とも、寝坊しないでよ?」


 こうして明日の集合時間が決定したため、三人はエレベーターに乗って割り当てられた部屋へ向かう。


 部屋に到着すると、シャワーを浴びてから、用意されていた寝巻に着替えた。

 

 そして寝坊しないようにモーニングコールとスマホのアラームを両方セットすると、部屋の電気を消してベッドに入り、就寝するのだった。


 


 




 

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