第69話 初めての混浴!? 乳頭温泉④

 海愛に話しかけられたその入浴客がゆっくりと振り返る。

 そして海愛の顔を確認するや否や、驚きの声を上げた。


「……え? もしかして阿佐野さん?」


 彩香の声ではない。低い男子の声だ。

 

(……あれ? 彩香じゃない!? じゃあ、どうして私の名前を知ってるの!?)


 人違いだったことはともかく、相手が自分の名前を知っていることに困惑してしまう。

 このあたりに知り合いなど住んでいないからだ。


 不審に思いながらも、相手の顔をじっと見る。

 

 そしてその正体が判明した瞬間、海愛は驚きのあまり目を疑った。

 くせ毛の黒髪に中性的な顔立ちの少年。

 自分の知っている男子がそこにいた。


「……し、柴田君!?」


 そう――彩香だと思って話しかけた人物は、クラスメイトで夏休み明け以降一度も学校に来ていない男子生徒・柴田修也しばたしゅうやだったのだ。


 入学式の日に体育館裏で告白していたのを偶然目撃してしまったため、彼のことは印象に残っている。

 だから男子とほとんど交流したことがない海愛でも、修也の顔だけははっきりと覚えていた。


 だが、どうしてこんな場所にいるのかがわからない。

 家族旅行か何かでここを訪れたのだろうか……。 


「ど、どうして柴田君がここにいるの!?」


 ほとんど反射的にここにいる理由を訊ねる。

 それは、高校生になって初めて海愛が自分から男子に話しかけた瞬間だった。


 だが、修也はその質問には答えなかった。……というより、それどころではなさそうだったと言った方が正しいかもしれない。

 非常に取り乱した様子で、修也は指摘してくるのだった。


「そんなことより、阿佐野さん! 前! 前!!」


 しきりに何かを訴えてくる。


「……え? あ……」

 

 海愛はようやく気がついた――自分が今、全裸で男子の前に立っていることに。


「……き、きゃあああああ!!!」


 人生最大の悲鳴を上げ、顔を真っ赤にして湯船に浸かる海愛。

 彩香だと思って完全に油断していたのと、のぼせ気味で脱力状態だったために思考力が低下していたのとで、タオルを身体に巻くのを忘れてしまっていたのだ。

 そのせいでクラスメイトの男子に、上半身から下半身までばっちり目撃されるという悲劇が起きてしまったのである。


「み、見られ……見られちゃった……」

「………………」


 破裂しそうなほどに心臓がバクバクと脈打ち動揺を隠せない海愛と、無言で視線を逸らす修也。

 何とも言えない気まずい空気が流れていた。


「海愛! どうしたの!?」


 今の悲鳴を聞きつけたのか、彩香がお湯をかきわけてやって来る。

 そして、修也を見て目を丸くした。


「……あれ? そこにいるのって柴田君? どうして柴田君がここにいるの?」


 海愛と同じ疑問を口にする彩香だったが、修也はそんな彩香を直視した瞬間あわてて視線をそらす。


「吉宮さんもいたの!? とりあえず隠して!!」


 こんな状況なのに体を隠そうともしないから困惑しているのだろう。


 全裸の女子を前に激しく動揺する修也の顔を、彩香が不思議そうにのぞき込む。


「どうしてそんなに慌ててるの? こっち見てよ」


 どうも彩香は羞恥心というものが欠如しているようだ。

 混浴でクラスメイトの男子と鉢合わせたというのに、まったく動じていないどころか恥ずかしげもなくずっと裸で立ち尽くしている。

 年頃の女の子としてこれでよいのだろうか……。


 さすがに見ていられなかったので、海愛が口をはさんだ。


「彩香! いつまでそうしてるの!? 男の子の前だよ!?」

「あたしは別に見られても気にしないけど……」

「いいから隠しなさい! 柴田君、困ってるでしょ!?」

「確かに……言われてみればそうだね」


 ようやく乳白色のお湯に全身を浸ける彩香。

 これにより、肩から下の部分がお湯に隠れて見えなくなった。 


「ありがとう、阿佐野さん……助かったよ」


 女子二人の裸体が完全に視界から消えたことで落ち着きを取り戻した修也が、海愛と彩香の方へ視線を向ける。

 こうして東京から遠く離れた秋田の温泉で、女子二人、男子一人が向かい合って入浴するという奇妙な状況が完成したのだった。


「……それで二人は何でここにいるの?」


 修也が質問する。

 その質問には彩香が答えた。


「あたしたちは旅行で来たんだよ。あたしも海愛も温泉が好きだからね」

「そうだったんだ……」

「柴田君はどうしてここにいるの?」


 今度は彩香が同じ質問をぶつける。

 それは海愛も気になっていたことだ。

 夏休み明けの始業式の日からずっと学校を休んでいた彼が、どうして秋田にいるのだろう。


 修也はしばらく逡巡した後、ゆっくりと口を開くのだった。


 

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