第7話 潮干狩り②
五月。新緑が芽吹き、夏に向けて段々と気温が上昇してゆく季節。
海愛と彩香と雫の三人は、総武本線で千葉県に向かっていた。
今日は朝から快晴で、気温も低いわけではない。じっとしていたら、汗ばんでしまうくらいには高かった。
そのため、今日は三人とも薄着だ。
「いや~まさか阿佐野さんが遊びに誘ってくれるなんて思わなかったなぁ~」
窓の外を見つめながら雫がつぶやく。
あれから特に訂正していないため、雫は未だに海愛が誘ったのだと思い込んでいた。
「誘ったのは彩香なんだけど……」
その瞬間、車両が大きく揺れる。
「きゃっ!!」
バランスを崩し、進行方向とは逆の方向へ倒れてしまう。
倒れた先にいた彩香の肩にぶつかる。
「あ……ごめんね」
「大丈夫だよ。それよりちゃんと吊革につかまってないと危ないよ」
「うん、そうだね」
次に電車が揺れても立っていられるように、右手でしっかりと吊革を握りしめた。
「それにしても今日は混んでるね~」
乗客でぎゅうぎゅう詰めの状態に苦しそうな表情を見せる雫。
「ゴールデンウィーク真っ直中だから仕方ないよ。そんなに遠くないからちょっとだけ頑張ろっか」
そんな雫を彩香が慰める。
「わかった……頑張るね。阿佐野さんは平気? 苦しくない?」
「……え?」
急に話しかけられて戸惑う海愛。
正直に言えば、不特定多数の人間でごった返している空間は得意ではない。満員の電車やバスは当然苦手だ。
だが、それを素直に伝えたら心配させてしまうだろう。
だから、強がりを言うことにした。
「私なら平気だよ。ありがとう、江畑さん」
自分でも驚くほどスムーズな返事だ。
隣で会話を聞いていた彩香も目を丸くしていた。
「すごいよ、海愛。ちゃんと返事できたじゃん」
「う、うん……なんか江畑さんとは話せるようになったみたい……」
「これは明らかに進歩だね。この調子でいけば、人見知りが直る日も近いかもね」
「そうだったら嬉しいな……」
雫と話せたことで成長を実感したのは海愛も同じだ。
少しずつだが、人見知りも改善されつつあるのかもしれない。
いつか完全に直って誰とでも話せるようになればいいなと思う海愛だった。
そんなことを考えている間に、電車が千葉駅に到着する。
三人はこの駅で一度降りて、内房線に乗り換えた。
やはりこちらも総武本線に負けないくらい混んでいる。
電車に揺られながら房総半島を南下し、木更津駅で再び乗り換えた。ここまで来ると、車内の混雑具合もある程度緩和される。それでも席はほとんど埋まっているため、立ち乗りするしかないのだが。
吊革につかまり、車窓の景色を眺める三人。
雫が隣に立っている海愛に話しかけた。
「……ところで阿佐野さんって意外とアウトドアが好きだったりするの?」
「……え? どうして?」
予想外の質問をされて戸惑う海愛。
「だって潮干狩りに行きたいなんて言うから……」
「あ~えっと……アウトドアはそんなに好きってわけじゃないかな。どっちかと言うとインドアの方が好きだよ」
「インドアってことはゲームとかするの?」
「ううん。ゲームはあまりやったことない。本を読んだり動画を観たりして過ごすことが多いかな。……あ! でも、この前彩香と一緒に草津温泉に行ってきたよ」
「草津温泉って群馬県の!? 彩香も一緒だったって本当!?」
雫の視線が彩香に向けられる。
「本当だよ。あたしが誘ったの! あたしも海愛もお風呂が好きで、温泉にも興味があったからね。草津温泉、すっごく気持ちよかった!」
「温泉かぁ……いいなぁ……私もお風呂は好きだけど、温泉地とか行く機会がないんだよね」
雫が羨ましそうにつぶやく。
確かに高校生が友達同士で遠方の温泉地に行く機会なんてほとんどない。
だから、実際に草津まで行ってきた海愛と彩香を羨望しているのかもしれない。
「それ以外にも海愛は星が好きなんだよ」
彩香がさらに海愛の情報を口にする。
「そうなの? 阿佐野さん」
「ええと……好きか嫌いかで言えば好きになるのかな」
「いや、普通に大好きって言っても過言じゃないレベルでしょ。小学生の頃はよくあたしを天体観測に付き合わせてたし……」
「阿佐野さんが彩香を振り回したってこと!? 全然想像できない……」
それを聞いて瞠目する雫。非常に驚駭しているのが伝わってきた。
海愛が慌てて否定する。
「振り回してなんてないよ! 昔は近くの天文台が一般人に解放されてて天体観測させてもらえたから一緒に行こうって誘っただけで……」
「完全に振り回されてたよ! しょっちゅう夜に呼び出されて強引に天文台まで連れてかれてたからね? 夏はまだよかったけど、冬はとにかく寒くて大変だったんだから!!」
「だって一人で行く勇気がなかったんだもん! ウチはお父さんもお母さんも仕事で忙しくて連れてってもらえなかったし……」
「だからあたしを無理矢理連れて行ったんでしょ?」
「それは……そうだったかもしれないけど」
確かに今思えば、振り回していたことになるのかもしれない。
当時、毎回のように付き合ってくれた彩香に今さらながら感謝の念を抱く。
「……でも、彩香だって歴史のことになるとよく暴走したよね? 聞いてもないのに歴史の話とか延々聞かされたよ!?」
「えっ!? そうだったっけ?」
彩香がとぼけるが、海愛はしっかりと覚えていた。
その話に雫が共感する。
「それは知ってる! 彩香ってば、戦国武将の話をする時とか目を輝かせてるからね。歴史が好きなのは昔からだったんだね」
「江畑さんの前でも戦国武将の話とかしてたんだ……」
「そんなにしょっちゅう語ったわけじゃないと思ってたけど……」
どうやら彩香は、自分ではそんなにしょっちゅう歴史を語っているつもりはなかったらしい。
自分を客観視する能力も時には必要だなと思うのだった。
「……いや~それにしても、今日は阿佐野さんのことを知れてよかったよ。こうして一緒に出掛けてなければ、星が好きなことも温泉に興味があることもたぶん知らないままだった」
「あの……江畑さんは趣味とかあるの?」
今度は海愛の方から雫の趣味について訊ねてみる。
「……私? 私は趣味と言えるほどのものはないかな。大勢で騒いだり、みんなで協力できるイベントは好きだけど……」
何となく予想していた返事だった。
雫は見るからに陽キャなので、賑やかなイベントが好きなのも頷ける。
「じゃあ体育祭とか文化祭が好きそうだね」
「うん、大好きだよ。体育祭も文化祭もまだ先だけど、その時は一緒に頑張ろうね! 阿佐野さん!」
「えっ!? それはちょっと……」
雫とは正反対に行事が苦手な海愛は、当然体育祭や文化祭も苦手だった。
中学まではそういう学校行事の時は人目につかない場所でじっと時間が経つのを待っていたほどだ。
そのため、一緒に頑張ろうと言われても安易に頷くことはできない。
雫に対して少し申し訳ない気持ちになった。
だが、ちょうどその時、電車が目的の駅に到着した。
そのおかげで会話が終了となる。
「あ、着いたみたいだね。二人とも、ここからはバスですぐだよ」
雫が二人を先導するように電車から降りた。
海愛と彩香もそれに続いて下車する。
駅の改札を出ると、遠くに海が見えた。
「ここが江畑さんのおばあさんの民宿がある町……」
周囲を見回して、町の雰囲気を把握する。
民家もたくさんあるが商店も多く、町全体が活気づいていた。
「あのバスに乗るからね」
雫が一台のバスを指差した。主に地元の人が利用する路線バスだ。
そのまま先頭に立って歩き出す。
海愛たちもその後についていき、停車中のバスに乗り込んだ。
ゴールデンウィークだというのに、車内は思ったほど混雑していない。観光客が利用するバスではないからだろう。
一番後ろの席に並んで座る三人。
ほどなくしてバスが動き出した。
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