第2話 復讐しかありません!
穏やかに流れる川の上を鳥のさえずりがこだまする。
屋敷を飛び出してからほどなく、私たちは肩で息をしながら川岸に佇んでいた。
周囲に私たち以外の人影はなく、目の前には木製の簡素な小舟が一隻あるのみ。
ニーナが小舟に飛び乗り私の手を引く。
「お嬢様、水に落ちないように気をつけてください!」
道中、見つけた果物でお腹を膨らませたおかげか声に覇気が戻ってきている。
「では出発します! 到着までしばらくかかりますので、お嬢様はゆっくりしていてください!」
――川下りを始めてから、どれくらい経っただろう。
太陽はいつの間にか私たちの真上へと移動し、水面がキラキラと輝いていた。
「それにしても、まさかこの川を下った先にテンセイシャの隠れ家があったなんて驚きだよね」
「ふふっ、そうでしょう!」
「屋敷からも見えてたし、赤ちゃんの頃にボーっと眺めてたのを思い出すよ」
たしか、こっちの世界に生まれ変わって初めて見た外の景色は、自室の窓から見たこの川だったはず。
当時はその雄大な姿に赤ん坊ながら感心したものだけど……なんだか今は妙に色あせて見えた。
私は両手で膝を抱えてうつむく。
「けど、隣で眺めていたあなたの見方は違ったんだね」
「そうですねー……」
二人の間に、どことなく気まずい空気が流れた。
ダメだな、卑屈になりすぎだ私。
これから二人で頑張っていこうというのに、過去を引きずっていても何にもならないじゃないか。
私は背もたれに身体を預けてニーナに尋ねる。
「さて、これからどうしようか。私は人里から離れて農業でもしながらスローライフを送れたらと思ってるんだけど、ニーナは何か決めてる?」
ニーナには、これまでたくさんお世話になってきた。
やや不謹慎な考え方かもしれないが今回の件を良い機会だと思って、これからは立場に縛られずニーナにも自由を謳歌してもらいたい。
――と、不意にニーナが満面の笑みを浮かべる。
「はい、復讐です!」
「え?」
「復讐しかありません!」
「ふ、復讐?」
「はい! わたしたちを襲った連中に『後悔しても、もう遅い!』って、ナイフを喉元に突きつけてやるんです!」
どうしよう。ニーナがストレスでおかしくなってしまった……。
「あのさ……私、この世界に来てからの思い出を切なく話してたよね?」
「そうですね!」
「あなたとは見えてたものが違ったんだなって、ちょっぴり寂しさを匂わせたりなんかもしてさ」
「なるほど!」
「けど、それを乗り越えて未来に向けての一歩を踏み出そうっていう話をこれから――」
「復讐しかありません!」
「話は最後まで聞いてよ! さっきから、復讐復讐うるさいよ!」
元から思いつきで行動するタイプのニーナだけど、その方向への舵取りはあまりにも極端すぎる。
ニーナがきょとんとした目つきで私を見つめる。
「なんですか? お嬢様は、こんな理不尽な目に合って悔しくないんですか?」
「そりゃ、私だって腹は立ってるよ。けど、段階ってものがあるよね」
「じゃあ、復讐やらないんですか?」
「私、そこまで急に割りきれないよ。もう少し考えたい」
「そうですか……」
「うん、二週目の人生だし冷静に世情を見極めてから身の振り方は考えるよ」
私は首を横に振り、より深く腰掛けた。
ニーナの気持ちを裏切るようで悪いけど、しばらく待ってもらおう。
たぶん、これから私は怒りや不安と向き合う展開に突入するはずなので、続きはその先に持ち越しだ。
というわけで、この話は一旦ここで終わ――
「一か月待ったところで、どうせ復讐を決意する流れになると思いますよ?」
「復讐を決意する流れって何?」
そんな流れ来ないし、仮に来たとしてもその流れに身を委ねるつもりはない。
ニーナがジットリとした視線を私に向ける。
「お嬢様は悪役令嬢として、それでいいんですか?」
「はあ……あのね? 前々から言ってるように、私は悪役じゃないんだってば。生まれ変わる時に神様っぽい人から『ナントカ令嬢』って呼ばれた覚えはあるけど、少なくとも悪役ではなかったと思うよ?」
そう、私はテンセイシャであるにも関わらず自身の役割について何も知らない。
神様の口から「令嬢」と言う単語は聞いた気がするけど、死んだ直後で動揺していた私は前後の言葉をしっかり聞き取れていなかったのだ。
しかし、そのことをどれだけ説明してもニーナは私のことを悪役令嬢だと信じて止まない。
そもそも、悪役ってなんだ?
誰からどう見て悪役なんだ?
何をすれば悪役として認められるんだ?
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