ユートン王子のアイディア無双旅 〜メイド三姉妹を添えて〜

藍条森也

第1話 旱魃の山村を救うのだ!

 土も、石も、空気さえも乾ききった山のなか。

 草いっぽん生えていないその山道を、なんともクラシックなスタイルのビートル型小型自動車が登っている。古い小型自動車だけあってそのエンジン音は頼りなく、いまにもエンストを起こしてとまってしまいそう。

 それでも、健気なビートル型小型自動車は一時いっときもとまることなく、タイヤの後ろに小さな砂の嵐を巻き起こしながら山のなかの急な坂をえっちらおっちら登っていく。

 『これでもか!』とばかりに車体に大きく描かれているのはユートピア王国の紋章。乗っているのはユートピア王国第三王子ユートンとお付きのメイド三姉妹、アイラ、ビーナ、シータ。長女のアイラがハンドルを握り、次女のビーナと三女のシータは後部座席中央に鎮座ちんざましましてふんぞり返るユートンの両脇を固めている。

 ユートンは扇で自分の顔をパタパタやりながら大儀そうにご発言遊ばした。

 「やれやれ。この空気の乾き具合。これはもう長い間、雨一滴ふっていないにちがいないぞ」

 「はい。おっしゃるとおりと思います」

 「車内から一目でそのことを見抜かれるとは」

 「ユートンさま、さすがです!」

 アイラ、ビーナ、シータが口々に言う。メイドたちから褒めそやされて気をよくしたユートンは『ふふん』とばかりにふんぞり返って口にする。

 「この調子では近隣の村々はさぞ困っておろう。どれ、見回ってやるとするか。なんと言っても臣民しんみんの生活を守るは王族たるものの務め。アイラよ。近くの村によるがいい」

 「ご遊興中の身でありながら、かくも臣民しんみんの暮らしを気に懸けられるとは」

 「その気高きお心、お見事です」

 「ユートンさま、さすがです!」

 メイド三姉妹の見事な連携を受けて、クラシックなビートル型小型自動車はえっちらおっちら山道を登っていく。


 たどり着いた山間のその村は、予想通り困窮を極めているようだった。

 村のなかの土は乾ききり、作物はおろか雑草一本、生えていない。山間の村には付きものの良く乳を出す家畜も姿がない。あちこちに痩せて衰え、うつろな表情を浮かべている村人たちが座り込んでいる。

 乳児を抱えた母親もいるが、もはや乳も出ないらしく、抱いている赤ん坊はぐったりとうなだれ、『オッパイちょうだい!』と泣き叫ぶ元気すらない。母親の方もおそらくは、自分のなかの絞り出せる水分は最後の一滴まで赤子のための乳に使い果たしたのだろう。目はくぼみ、唇はカサカサに渇き、やつれ果てた姿で座り込んでいる。

 村人たちの表情にはどれも等しく『絶望』というの絵画が張り付けられていた。

 ユートピア王国第三王子ユートンとお付きのメイド三姉妹は、そんな村のなかにやってきた。中央広場とおぼしき場所まで車で乗り込み、そこで車をとめて外に出る。

 ユートンは扇をパタパタやりながらまわりを一瞥いちべつ。そして、口を大きく開くとおおせられた。

 「これはまたなんとも……予想通りに貧乏ったらしい村であるな!」

 「な、なんじゃと……!」

 ユートンの言い草がよほど腹に据えかねたのだろう。座り込んでいたなかからひとりの老人が立ちあがった。杖を両手でついて、おぼつかない足取りでなんとかやってくる。

 「事情も知らんよそものが、言うてくれるではないか」

 老人に見えたが、実際にはそこまでの歳というわけではなさそうだ。ただ、想像を絶する苦難が二〇歳も歳をとったように見せているのだ。

 その人物は残された最後の生命力を振り絞るようにユートンに食ってかかった。

 「この村とて、ほんの数年前まではこうではなかった。小さいながらも活気にあふれた良い村だったんじゃ。代々伝えられた織物おりものふもとの町でも大人気。毎年、売りに行くたび長蛇の列が出来たもんじゃわい。それが、数年前からまったく雨が降らなくなり、川も涸れ果ててこの始末。わしらの苦労も知らんよそものが偉そうなことを抜かすでないわ!」

 その人物の一喝いっかつに――。

 王子お付きのメイド三姉妹がユートンの前にズラッと並ぶ。

 「無礼者! このお方をどなたと心得る⁉」

 「畏れ多くもユートピア王国第三王子ユートン殿下なるぞ!」

 「頭が高い、控えおろう!」

 アイラ、ビーナ、シータが見事な連携で言葉をつらねる。それを聞いた人物は表情も態度も一変。オオカミに狙われたウサギのように縮こまり、やつれ果てたその身を地面に投げ出した。

 「ひ、ひええええっ! 王子殿下とはつゆ知らずご無礼の数々、お許しくだされえいっ!」

 ユートンはかわることなく扇をパタパタやりながらその人物に向かって言った。

 「うむうむ。善きかな、善きかな。しょせん、ど田舎の山村。余の顔を知らぬのも無理はない。謝罪は無用ぞ」

 「は、ははあっ! これはなんとご寛容なお言葉。畏れ入りましてございます!」

 「「「ユートンさま、さすがです!」」」

 メイド三姉妹の完璧なコーラスが響き渡る。

 「して、この村の状況はどうなのだ? くわしく話してみるがよい」

 「は、ははあっ! では、お言葉に甘えまして……」

 その人物は語り出した。

 この村の名はカッソ。その人物は村長のナーカイド。先ほども言ったようにカッソの村は伝統工芸である織物おりものを主産業とする小さな山村であり、イモとマメを育て、家畜を飼うことで暮らしていた。

 織物おりものふもとの町でよく売れるおかげで小さな山村にしては金回りも良く、村人たちは何不自由なく暮らしていた。ところが――。

 数年前から突然、雨が降らなくなった。原因は不明。神さまの気まぐれ。そうとしか言いようのない事態だった。山頂から流れてくる小さな川以外には雨水に頼るしかない山村である。雨が降らないのは致命的な問題だった。

 「もちろん、我らとは手をこまねいていたわけではありません。出来ることは行いました。しかし、先祖伝来の雨乞いの儀式も効果はなく、土を掘り、雨水を溜めようにも肝心の雨が降らなくては意味がなく、また、井戸を掘ってもみましたが、このような山のなかではいくら掘っても水など出るはずもなく……万策尽き果て、このありさまなのでございます」

 村長のナーカイドは語った。涙ながらに……と言いたいところだが、乾ききった体にはすでに涙を流すだけの水分すらない。乾ききってしょぼつく目で言うのが精一杯だった。

 数年の間に唯一の頼みであった川も涸れ、暮らしを支えていた家畜たちもみな、死んだ。イモもマメも育たなくなった。あたりに生えていた野草は最後の一本まで食い尽くした。もはや、まともな作物を食べられないのはもちろん、雑草を食べて糊口ここうをしのぐことさえ出来ないありさま。伝統工芸の織物おりものも肝心の、原料である毛を与えてくれる家畜たちがいないのでは織りようがない。ほぼ唯一の現金収入の道も断たれてしまった。

 わずかな蓄えを切り崩してふもとから水と食糧を買うことでいままでなんとかやってきたが、その蓄えも尽きてしまった。

 いまにして思えば、蓄えのあるうちに村人全身で山をおり、ふもとの町に移ればよかったのだろう。しかし、先祖代々、住みつづけた村をそう簡単に捨てられるものではない。

 そもそも、商売以外には縁もゆかりもふもとの町に移ったところで歓迎されるとはとても思えず、その後の苦労は目に見えていた。そのため、『いつか、きっと、雨は降る』と、そう信じて故郷の村にしがみつくしかなかったのだ。そして、その結果は――。

 乾ききった村と人。緩慢かんまんなる滅びへの道だった。

 「すべてはわしの至らなさですじゃ」

 ナーカイドは――仕種だけで――おいおいと泣きながら語った。

 「わしが住民たちを説き伏せ、みなで移動することを承知させていればこのようなことにはならずにすんだ。それなのに、村長のわし自身が誰よりもこの村にこだわり、この村にしがみつくことを選んでしまった。その結果がこれですじゃ。わしはとんだ無能者ですじゃ」

 おいおいと泣く仕種をしながら語るのに、涙は一滴も出てこない。そのことがこの村の、そして、人々のおかれた状況の過酷さを示していた。

 「これこれ、そう自分を責めるものではないぞ、村長。そなたはその場その場で最善と思える判断をしたのだ。天候は神の気まぐれ。ゆえに人知ではどうにもならぬ。自らを責めるのは筋がちがうと言うものだぞ」

 「お、おお、これはなんとお優しいお言葉……」

 「「「ユートンさま、さすがです!」」」

 「さて、村長よ」

 「は、ははっ……!」

 「事情を聞いたからには捨ておけぬ。臣民しんみんの生活を守るのは王族たるものの務め。この村の件はこのユートンが引き受けた」

 「な、なんと……! し、しかし、天候は神の気まぐれ。先ほどご自分でそうおっしゃられたではありませぬか。いかに王子殿下でもそれをどうにかするなど……」

 「なに、安心せい。このユートン、自分の為すべきことはをわきまえておる。アイラ、ビーナ、シータ! いまから言うものを大至急、用意せい! 旱魃かんばつの山村を救うのだ!」

 「「「ユートンさま、さすがです!」」」


 それからしばらくののち――。

 村人たちはサラサラと言う音で目を覚ました。

 肌にふれるは水分を含んだしっとりとした空気。

 鼻をくすぐるのは、すっかり忘れていた水の匂い。

 ゾンビが突如として人間に戻ったようだった。

 乾ききり、やつれ果てていた村人たちは事態に気がつくと我先にと飛び起きて音のする方へと向かった。するとどうだろう。そこには、まぎれもなく水が流れていたではないか。枯れ果てていたはずの川が蘇ったのだ!

 村人たちは狂喜した。

 川に飛び込み、転げまわり、全身で水を吸収した。

 飲んでものんでも水は後からあとから流れてくる。

 村人たちは存分にその身を水に浸し、ようやく人心地ついた。そこに、メイド三姉妹を従えたユートンがやってきた。

 「はっはっはっ。どうかな、村のものたちよ。満足してもらえたかな?」

 「も、もちろんでございます、王子殿下!」

 村長のナーカイドが地面に五体を投げ出して叫んだ。

 「命の水をもたらしてくださり、感謝の言葉もございませぬ!」

 「なんの、なんの。礼には及ばぬ。臣民しんみん身命しんめいを守るはこれ、王族の務めなれば」

 「「「ユートンさま、さずがです!」」」

 「し、しかし、いったい、どのようにしてこれほどの量の水を用意されたのです? よそから運んでこられる量ではないはず。魔法でも使われたのですか?」

 「魔法ではない、アイディアだ!」

 「ア、アイディアですと……?」

 「この水の秘密を知りたければ翌朝早く、山頂まで登ってみよ。すべての答えはそこにある」


 そして、翌朝。

 ナーカイドをはじめとする村のものたち何人かがユートンに言われたとおり山を登り、山頂に達した。そこで見たものは――。

 あたり一面を埋め尽くす何百本という鉄の柱。その表面にビッシリと水滴が張りついている。

 早朝の山の冷気に当たることで鉄の柱が冷え、そこに空気中の水分が凝固ぎょうこする。その凝固ぎょうこした水滴がしたたり落ち、地面に流れ、ひとつになって川となる。そうして、旱魃かんばつの山村に命の水がもたらされたのだ。

 「お、おおお……! なんということだ。このような方法があろうとは……」

 あまりの驚きにナーカイドはそれ以上、声も出ない。

 その後ろでメイド三姉妹を従えたユートンは扇で顔をパタパタやりながら声高にお叫びになられた。

 「これぞ、アイディアの力! 発想の勝利!」

 「「「ユートンさま、さすがです!」」」

 メイド三姉妹の完璧なコーラスが早朝の山に響き渡った。


 すごい、

 すごい、

 すごい!


 すごい、

 すごい、

 すごい!


 すご~い、

 すご~い、

 すごい、

 すごい、

 すごい!

 ユートンさまはさすがです!


 響き渡る村人たちの歓喜の声。舞い散るは無数の紙吹雪。お付きのメイド三姉妹と共にビートル型小型自動車に乗り込んだユートンはパレードの真っ最中。自動車の屋根に乗り、扇で顔をパタパタやりながら歓喜の声を受けている。

 「はっはっはっはっ! 善きかな、善きかな。これにて一件落着!」

 「「「ユートンさま、さすがです!」」」

 お付きのメイド三姉妹のコーラスをその身に受けて――。

 ユートピア王国第三王子ユートンは今日も征く。

                完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る