スリル 2023/11/12

「スリル欠乏症だな、おい治療の準備しろ」

 医者は周囲の人間に指示を出す


 医者は眼の前にいる、表情のない男に視線を向ける

 無気力、無感動はスリル欠乏症の典型的な症状だ


 スリル欠乏症とは、人体に欠かせない栄養素であるスリルが足りなくなる病気だ

 これを発症すると、人生を無価値と考え始め、自分から何もしなくなる

 重症化すると一人では何もできなくなり、自殺者もでる


 予防法は常日頃からスリルを味わうこと

 しかし、スリルとは危険と隣り合わせだ

 人間社会が発展した結果、あらゆる危険が排除され、人類は慢性的なスリル不足になった

 特に今年はひどく、連日スリル欠乏症患者が運ばれてくる


 治療法は確立されている

 スリルを味わえば良い

 すなわち絶叫系が最適解


「先生、準備できました」

「よし、逆バンジー、やれ」

医師の指示で男が勢いよく、空へと飛び上がる

男がなにかを叫びながら、もがいているのが見える

「よし患者は正気に戻ったな」

「すぐに降ろしますか」

「いや、見たところ重症だ。もう少しスリルを味わってもらおう」


 医者はもがく男を見上げながら確信する

 自分はスリル欠乏症にはならないと

 なぜなら自分には秘密がある

 知られたら破滅する程の秘密があるのだ


 その秘密というのは、私が医師免許を持っていないということである

 バレるかもしれないというスリルは、この病気に対して良い薬だ


 お陰で人生は楽しい

 やはりスリルは人生を豊かにする

 これだから医者はやめられない


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