第11話 拾壱 

 時雨しぐれは他の奉公人のところにいる女に少しだけ頭を下げると、足早に藤木屋を後にした。時雨の背中によろしくお願いいたしますという力の無い声がかけられた。

 時雨が宿場の表通りに着くと、町の中が騒がしかった。大勢の役人や捕り手達が歩き回っている。

 時雨は何事かと思いそこら辺にいた小僧を捕まえる。見知った顔、薬種問屋やくしゅどいやで見かけた小僧だ。


「やぁ、小僧さん。私のこと覚えてる?」


 時雨は小僧を抱きしめ頬に唇を付けた。小僧は真っ赤になり時雨の全身を見る。


「あぁ、昨日の団子喰いのお姉さん?」


 小僧の答えに思わず小僧の頭をはたいていた。小僧はその場にうずくまる。


「お姉さん、痛いよ。どんな力なんだよ……」


 小僧は涙目になっている。時雨は思わず手加減無しで叩いたことを謝った。その間にも数人の捕り手達が大通りを走ってゆく。時雨はこの騒動の理由を小僧に尋ねた。


「あ~、痛た~。これかい。これは土左衛門が上がったんだ。

どこからか流れてきたみたいで、膨れてるってさ。

 昨日、十数人が斬られてからお役人が集まっているところに土左衛門だから、お役人様達がね。あ、ごめん。お使いの途中だからまたね」


 慌てた様子で小僧は走り去ってゆく。

 時雨は土左衛門の事を考えていた。数日前ならば自分とは関係ないはずだ。もっともそれ以外は自分がやったという自覚はある。

時雨は小僧の後に続いてゆっくりと薬種問屋へ向かう。時雨は背が高く目立つので背を屈めながら薬種問屋近くの団子屋に腰を下ろした。


「やぁ、この間の。

 この頃物騒で困るよ。まぁ、岩重郎がんじゅうろう一家がほとんどいなくなったというのは有り難い話だけどねぇ。

それで……、今日はどれだけ食べるんだい」


 団子屋の女将が話しかけてきた。時雨は弐十本の団子とお茶を頼むとじっと町の様子を観察する。

 街道の宿場町ということで賑わいはあるのだが何かが引っかかっていた。その違和感に気づくのに団子拾本のときがかかった。


(そうか、小さな殺気を抱えた者が多いのか)


 時雨の思う殺気を抱えた者とは走り回っている役人や捕り手達では無い。それに先日のやくざ者達でも無い。どちらかというと素破、それも腕の立つ者だろう。

 徳川様の時代に入り素破は益々増えている。情報を集めることは権力を握ることに直結するからだ。年配から若者まで、浪人のような風体の者はいない。せいぜいが小綺麗な旅人から行商人という感じだ。それが昼前だというのに旅籠へと消えてゆく。そのうちの何名かは薬種問屋の裏路地へと消えて行く者と薬種問屋に入って出てこない者に分かれた。


「女将さん、あの薬種問屋の裏に旅籠はたごでもあるのかい?」


 時雨は追加の団子を頼みながら話しかける。女将は呆れた表情を浮かべながら団子を持って来た。


「いや、あの裏には何も無いけどねぇ。小さな川があるくらいだよ。そういえば確かに変だね」


 女将も訝しげに薬種問屋に顔を向けた。


「あそこの見世みせもあまり良い噂は聞かないからね。ただ商売は繁盛しているよ。何しろお金を持ったお大尽から小田原城下の役者、それに御駕籠に乗ったお武家様まで来るんだからねぇ」


 時雨は頭の中で考えを巡らせていた。


(何故ここの薬種問屋に? 小田原から? もしかして阿芙蓉あふようが? 薬種問屋ならあり得るか)


 先日、むろから聞いた話。

 稲葉家が調査のために侍を送るほど阿芙蓉が存在しているということ。実際にそのようなことになっているのならばどこかで誰かが莫大な利益を得ているはずだ。

 時雨が吉原で見た紅笑芙蓉こうしょうふようよりはましだとは聞いているが、それでもかなりの堕落と回帰をもたらすと聞いている。紅笑芙蓉こうしょうふようを追う時雨としては放っておける物ではない。もとの原料は阿芙蓉なのだ。


「女将さん、代金はここに置いておくよ。あ、それと藤木屋の春殿を見なかったかな?」


 時雨は太刀を一振りは腰にき、もう一振りは腰に差し席を立つ。代金を取りに来た女将は春は見ていないと答えた。

 時雨は女将から土左衛門の上がった場所を聞き出す。後は宿場の雰囲気と歩く人々を観察しながら現場へと向かった。

 途中、二・三度道を尋ね直し、時雨はようやく現場にたどり着いた。すでに見物人はいない。検視も終わり遺体は追加の検死のため番屋へと運ばれたようだ。時雨は暫く辺りを見回した後、川上の方へと歩いて行く。夏の日差しが照りつけるので、時雨の肌にはじんわりと汗がにじみ出ていた。


(熱いなぁ。もう少し団子屋で涼めば良かったかな)


 時雨は腰に下げた竹筒を取ると中の水を少しだけ口に含んだ。裏道に入ったところを流れている川なので日を避けるところも無い。ただただ宿場の裏通りを歩くだけだ。

 しばらく歩くと勝手戸から小僧が出てきた。あの薬種問屋の小僧だ。小僧は時雨と目が合うと声を出して手を振ろうとする。時雨はそれをさせないために素早く小僧に走り寄った。


 「みゅぐぅ」


 口を塞がれた小僧は目を白黒させ、手足をばたつかせる。いきなり時雨の手が小僧の股間を握った。命の次に大事な場所を怪力の時雨に掴まれた小僧は急に大人しくなった。そのまま小僧を抱き上げ少し離れたところまで連れて行く。口に指を当て小僧を頷かせると時雨は口から手を離した。


「御免ね。あそこで声を上げられたら困るの」


 時雨はしゃがみ込み、しおらしく小僧に語りかけた。走ったせいで時雨の胸元ははだけている。じっとりと汗ばんだ時雨の肌は艶めかしい艶を放っている。小僧の視線が胸元に集中していた。


「ねぇ、あそこ、あなたの奉公先の裏口?」


 小僧は少しだけ前屈みになり黙って頷いた。時雨は少しだけ俯いた。小僧の視線に胸元が入るように身体を動かす。

小僧はじっくりと時雨の胸元を凝視する。

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