第8話 㭭
「何か大騒ぎになっておりますねぇ」
数も侍が十名に足軽が三十名という大所帯だ。当然関所の大番所では受け入れ不可で、あちらこちらの
時雨は今夜はお楽しみは無しかと思いながら立ち上がる。その侍達が来る前に風呂に入って部屋に籠ろうと思っていた。時雨は部屋に戻り、太刀を置いて風呂に入りに行った。かなりの人を斬ったので、少しだけ汗をかいていたからだ。
風呂の中でゆったりとしていると、男達の声が聞こえてきた。当然混浴なので時雨は気にはしていない。
(五、六人か。武士が二人と……)
なるべく会いたくはなかったが風呂でかち合ってしまったようだ。時雨は少しだけ端の方により観察することにした。内二人は中々の使い手のようだ。それが稲葉家の侍だろう。足音に無駄がなかった。
「おぉ、中々なものだな。普段は小田原城下から出ることはないので新鮮なものだ」
一人が大きな声で他の者に話しかけているようだ。時雨は湯の上にぷかりと浮かんだ自分の乳を眺めながら聞き耳を立てていた。
「しかし、誰があんな事をやったのであろう」
「そうだな、あれは凄い。一人だと思うか?」
先程の大声の男ともう一人が時雨の近くで話している。およそ七尺くらいの距離だ。他の者は別の場所に陣取り今夜の
「うむ、一人ではないと思いたいが、斬り口だけ見ると一人の仕業だろう」
(ご名答、中々の眼だ)
時雨は心の中で手を叩いていた。傷口を見て相手の数を判断できる者はそうはいない。ただし、腕の立つ者ならば直ぐに見破るだろう。
今回時雨は小細工をほとんどしていなかった。小細工といえば指を折ったり、
そのせいで一人と見破られてしまったので、時雨は今後は見破られないように何人かごとに斬り方を変えてみようと思っていた。
暫くすると大声で話していた男と残りの四人が風呂を出て行った。風呂の中には時雨ともう一人だけが残っている。
「さて、じっとしていなさったお方。そろそろ出られますか?」
最後に残った一人が声を掛けてきた。風呂には時雨と侍らしき男しかいない。声からして一人だと言い切った奴だ。
時雨の気配は完璧に消えていたはずなのに存在を見破られてしまった。時雨の中に一気に警戒心が高まる。
「なぜ、私がいるとお思いになりましたか?」
時雨はばれているならと思い返答を返した。少し驚いたような素振りが伝わってくる。どうやら女とまでは想像していなかったようだ。
「あ、ああ、匂いというか臭いというか、な。そちらに伺っても?」
「どうぞ」
時雨の返答を聞くと男がゆっくりと近づいてくる。時雨はその場から動かず、黙って待っていた。近くに来ると男の顔がはっきりと見える。
年の頃は二十代半ば、時雨より少し年下か同じくらいだろう。中々良い身体を持っている。男の身体は鍛えられていた。
「匂い……、ですか……」
時雨は自分の身体をくんくんと嗅いでみた。その仕草が面白かったのか男は軽く笑い声を上げた。
「そういう意味ではありません。何というか……、血の臭い、鉄の匂いといいますかね」
苦笑する侍。
(鋭い奴だ。この場で始末しておくか)
時雨はそう思い、一気に男に近づいて行った。男は黙って両手を挙げる。
「降参しますので、ここまでにしていただけませんか?
昼間の件、あなたでしょう。なにも捕える気はありませんので……。それにとても敵うとは思えません。
お話しを伺いたいので後でお部屋にお邪魔しても宜しいでしょうか?」
男は時雨の部屋に話を聞きに来るという。あの六人が一気に襲ってきたらどうなるか分からない。正直短槍や
長崎奉行を潰すまでは……。
時雨は条件を付けて様子を見ることにした。
「分かりました、竜胆の間におります。お名前をお聞かせ願いますか?
それとお一人でお願い致します」
とりあえず一人だけという条件を出してみた。一人でくれば色気で
「承知致しました、一人でお伺い致します。
申し遅れました。拙者、稲葉家侍大将の
そう言うと室と名乗った男はそのまま風呂を出て行く。
風呂場には、自分の予想を外して複雑な顔をした時雨が、今後のことを考えながら湯の中に浮き上がっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます