第28話 彼女は彼女とランニングする

『かなちゃん、かっこいいね』


 叶奈よりも頭一つ分小柄な幼馴染は、いつもそうやって彼女のことを褒めてくれた。

 大好きだったアニメのキャラクターのように――正義感が強く、女の子だけれどかっこいい彼女になりきり、叶奈は幼馴染の前では「かっこいい女の子」であろうと努めた。


『山内さん、かっこいい〜!』

『プリンス・ヤマウチ〜! こっち向いて!』


 次第にその声はクラスメイトの女子のものに変わり、目指しているものも「かっこいい女の子」からは少しずつズレていった。言葉遣いも好むものも周りが自分に抱くイメージに統一していった。

 その結果、叶奈は幼馴染に告げてしまったのだ。


『いらない。そんなヒラヒラしたの、似合うわけないじゃん』

『え、でも』

『いらないってば!』


 ひらりと落ちる桜色のリボンと、いつの間にかこちらを見下ろすようになっていた幼馴染の驚いた顔。

 その映像を最後に、叶奈は夢から覚めた。


「……夢見、最悪ぅ」


 合宿場の硬いベッドの上で、叶奈は重いため息をついた。






「おーい、かーなーちゃーん〜!」


 早朝特有の静けさの中で、叶奈は背後から聞こえてきたその声に目を丸くしてその場で足踏みした。

 振り向けば、叶奈と同じ学校指定の青ジャージに身を包んだ鈴音がとてとてとこちらへ駆け寄る姿が見えた。

「おはよ。早いね」

「お、おはよ……鈴音ちゃんこそ早いね?」

「あたし枕変わると眠りが浅くなっちゃうタイプなんだよねぇ。眠いけど、硬いベッドでゴロゴロするのヤになっちゃったから出てきたの」

 はふ、と鈴音があくびをする。

「寝不足で大丈夫? 今日もお仕事あるんでしょう?」

「ん〜、まあ、なんとかなるなる。最終日だし、生徒会のお仕事、だいたい把握したから」

「そうなんだ……流石だね、鈴音ちゃん」

「できることしかしてないけどねえ。まー、性には合ってるかも。先輩たち優しいし、森本くんもフォローしてくれてるしね」

 鈴音から出た幼馴染の名前に、叶奈は胸の奥がズキりと痛むのを感じた。

「そっか。が、頑張ってね。じゃあ、わたし、もう少し走るから」

「ねえ、あたしも一緒に走ってもいい?」

「えっ」

「眠気覚しにいいかなって思って。こういう時じゃないと叶奈ちゃんとゆっくりおしゃべりできないし。だめ?」

 そう問われては断れず、叶奈はおずおずと頷くしかなかった。



「とりあえず〜……バスケ部と生徒会は〜……入らないかなあ」

「え、生徒会は性に合ってるんじゃなかったの?」

「ん〜、そうなんだけど〜……もうちょい青春みたいなこと、したいかなって」


 先ほどよりもペースを落とし、叶奈は鈴音と並んでランニングする。

 朝の爽やかで少し涼しい空気に当たるうちに、今朝の悪夢や鈴音から幼馴染の名前が出たことによるモヤモヤも薄れてきて、叶奈は素直に彼女との会話を楽しんでいた。

「バスケ部も叶奈ちゃんのプレイが見られるからいいなあって思ったけど、体力へなちょこのあたしにはやっぱ向いてないかなって。この間の仮入部で高坂さんに背中ベキベキに押されて筋肉痛になったし」

「そ、そっか……」

「今日、休憩中にいろいろな部活を覗きに行くつもりなんだ。どれも気になるけど……やりたいこと見つかるか分かんないなあ。好きなこと見つけるのって難しいね」

「うーん……そうかもね。これっていうものが決まっちゃえば、あとは早いと思うけど」

「ねえ、叶奈ちゃんは何がきっかけでバスケ好きになったの?」

「えっ」

「バスケ好きだからバスケ部なんだと思ったんだけど、違うの?」

 キョトンとして首をかしげる鈴音に、叶奈はしばし口を閉ざしていたが、やがてゆっくりと頷いた。

「うん、今でも続けてるのは……多分、好きだからなんだと思う」

「? どう言うこと?」

「……わたしにも、分かんないんだ。でも、バスケを好きになったきっかけは覚えてるよ」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る