第17話 闇を口説く

「は、晴人……」


 ぴょっこり顔を出した刹那は不安そうな顔を隠しもしなかった。


「そんな顔をするなって。俺は女の子には笑っていて欲しいんだよ」


 ……あっ、俺はアドレナリンが出ているからってまた恥ずかしい言葉を!

 刹那はまた視線を逸らし、長い黒髪をイジりながらモニョモニョと声を発した。


「む、むぅ。なかなかむず痒いことを言うな、晴人め」


「いや、忘れてくれ。マジで」


 恥ずかしさから逃れよう。ボウガンの矢のチェックだ。


「うわ、縁石にのめり込んでいやがる」


 コンクリートにすらブッ刺さるのか。そりゃ禁止されるわけだ。むしろなぜ認められていたのか。

 こんなのが当たったら俺以外は確実に死ぬな。やはり刹那の不意をついて俺が出ていってよかった。


「末恐ろしい武器だな」


「あぁ。喉や胸に刺さってみろ。イチコロだ」


「特に胸が薄い我はすぐ地獄へ堕ちそうだな」


「反応しにくいからやめてくれない?」


 胸の薄さも個性さ。うん。

 矢を抜いて刹那の方を向くと、空から大粒の雨が降ってきた。そして山の方角からゴロゴロと小さく雷の音が聞こえてくる。


 再び俺は刹那の部屋に上がり、刹那から事情を聞くことにした。


「聞きたいことが山ほどできたぞ。いいな?」


「……あぁ、もちろんだ」


 当初の話ではオフ会での警護という依頼だった。しかし、今の事件は明らかに刹那を狙っていたし、それに対して心当たりが無い様子でもなかった。


 つまり、刹那は命が狙われていることを知っていて、それを隠して俺たちに護衛を頼んだことになる。


「聞きたいことは色々あるが、まずは何で黙っていた? 命に関わる依頼だったら、こっちだって金を惜しまずエルサを連れてくるなりして対処したし、家の中で1週間過ごして護衛したのに」


「……あんな危険なやつに狙われているとわかったら断られると思ったんだ。本当に、本当にごめんなさい」


 刹那は頭を深く下げ、俺に謝罪した。

 本来なら命に関わることだ。この謝罪は当然のものといえる。


「わかった。謝ったんだから許す。でも一つ言っておくぞ。命が関わるからって俺は依頼を断ったりしない」


「なんでそんなに危険なのに……」


「ある人の笑顔が見たくてな。そのために、めっちゃ危険な組織と戦うって分かるんだよ。それに比べたらアンチくらいどうってことない」


「晴人……ふふ、さすが我の筆頭眷属だ!」


「お、調子戻ってきたな」


「当然だ。我は強い闇の者であるぞ!」


 配信ではお決まりのポーズを見せて、刹那は強がってみせた。

 はっ、嘘つきめ。本当はめっちゃビビってるくせに。そして……お前はまだまだ俺に嘘をついているな。


「アイツがオフ会に来る可能性は十分にある。ファンを装い、接近することで襲うには最高のシチュエーションだからだ」


「うむ。だが今回みたいに晴人が護衛してくれるのであろう?」


「もちろんだ。でも今回とはシチュエーションが違うってことを理解しておいてくれ。まず今回は相手の不意をつけた。先手を打てると勝率はグッと高まるが、先手を打たれるとその分下がるんだ。で、オフ会でアクションを起こしてきたら後手に回ることしかありえない」


「なぜだ?」


「そりゃ相手が何してくるかなんて、アクションを起こすまで分からないからだよ。当然だろ?」


「そ、そうだな。そうであるな」


「なんだよ歯切れ悪いな」


「き、気にするな! 眷属のくせに生意気だぞ!」


 中二病、戻らない方が良かったかもな。

 さて次は当日の動きの見直しを……と思ったところで、ドゴーン! と爆音が響いた。

 事件性のあるものではない。ただの雷だ。


「結構近くに落ちたな。もう3発くらい来るかも……っておい、何しているんだ?」


 ボウガン野郎が来たときみたいに、刹那は伏せてこたつ布団に顔を埋めていた。


「わ……こわ……だ」


「あ? 何て?」


「我は雷が怖いのだ!!」


「えぇ……」


 そのキャラで? 嘘だろ?

 ゴゴーーン!

 と今度はさらに近くに雷が落ちた。電線に落ちやがったのか、部屋の電気は消えて薄暗くなってしまった。


「無理無理無理無理ぃ! 暗闇も怖いの!」


「闇の者はどこいったんだよ」


 キャラぶれぶれだな。

 刹那は生まれたての子鹿のように足を震わせ、ゆっくり俺に近づいてきた。子鹿というより、まるでゾンビだなこれ。


「晴人……手繋いで」


「えぇ……」


 仕方ないな、と言いつつ若干ドキドキしている。これが男だ。

 刹那の手は小さくて、エルサのように頼り甲斐のある手ではない。ごく普通の、女の子の手だった。


 部屋の真ん中は怖いからと、わざわざ隅っこで体育座りで手を繋いで座っている。

 よくわからん状況だが、これが一番落ち着くらしい。


「お前よくそんなビビリであのキャラやっているな」


「キャラじゃないもん。あれが我の素だもん」


「嘘つけ」


「……本当の我は弱いから。弱さを隠すには虚勢を張るしかないのだ。弱い我なんて、この世界に必要とされない」


「その気持ちはわからなくはない。でもありのままのお前も受け入れられると思うぞ」


「そんなことない。就活だって何社も落ちたし。だから配信業に舵を切ったんだし」


「へぇ就活で……ってえっ!? お前いま何歳だよ!」


「20歳だが?」


 その時、俺に電流が走った。

 まるで外に落ちた雷が俺に伝わったようだ。


 20歳で貧乳

 20歳で中二病

 20歳でタメ口

 20歳で弱さを俺だけに見せてくれる

 20歳で頼ってくる


 ……やべぇなこれ、刺さっているわ。


「は、晴人? なぜそんなニヤケ顔なのだ?」


「な、何でもないです」


「急に敬語になるな! 我たちはもう命の危機を共有した仲間であろう?」


「そうだけどさ。すまん、歳下だと思っていたわ」


「ううっ、童顔なのはわかっている」


「要因はそれだけじゃないけど……」


 ドゴッッン!


 と今度はもうすぐ側に落ちたんじゃないかというほどの爆音が響いた。


「ぴゃぁぁあ!」


「ちょ!? 刹那それはまずい!」


 刹那は俺を安全地帯だと思っているのか、抱き締め殺すくらいの勢いで抱きついてきた。

 あっ……ある! 小さいけど、ここまで密着すればわかる柔らかさだ。新大陸を見つけた偉人たちはこんな気持ちだったのだろうか。あぁ、なんて素晴らしいものか。


 あとすごくいい匂いがする。たぶんいいシャンプーを使っているのだろう。配信で得たお金で買ったのかな?


「す、すまん晴人。つい取り乱して……」


「いやいいさ。むしろありがとう」


「ん?」


 刹那はよくわかっていないようだ。助かるよ、ここにエルサがいたら社会的に死んでいたところだ。

 刹那の胸からは解放されたが、手は依然握られている。

 弱い少女が強い闇の力のペルソナを被った結果、それが社会に受け入れられた。なんとも嫌な話だ。


「なぁ刹那、どうして刹那はアンチがついて狙われているんだと思う?」


「我のことが嫌いなのだろう。結局、我は受け入れられないのだ」


 普通、自分にアンチがついたら「暇な人間だ」とか「僻みだ」と思うだろう。だが刹那の叱責は自分に向いてしまう。だからこそさらに強い仮面を被って、受け入れられようとしているのか。

 楽しく見ていた配信業に、こんな裏があったなんてな。


「まぁ一つ言えるのは……」


「む? 何だ?」


「俺は刹那の闇の一面も素の一面も、どっちも好きだから安心しろ」


「す、すすっ、好き!?」


「あぁ。受け入れないなんてあり得ないからな」


「そ、そうか。我が好きか。そうか……」


 刹那は顔を染めてそっぽを向いてしまった。でも心なしか、握る手の力は強まった気がする。


「おっ、雷もどっか行ったな」


「そ、そうか」


 ん? なんでちょっと残念そうなんだ? あんなに雷嫌がっていたのに。


「さてどうするかな。このまま刹那をここに置いておくのも危険だ。またアイツが来るかもしれない」


「それはない。大丈夫だ」


「え? 何でそんなことが言えるんだよ」


「……とにかく大丈夫だ! だから3日後、ちゃんと我を護るのだぞ?」


 まぁ本人がそう言うのなら大丈夫なのだろう。

 特に、刹那が言うのなら。


「わかった。じゃあ3日後のオフ会1時間前に駅前集合だ」


「うむ。筆頭眷属よ、我の命を頼んだぞ」


「任せておけ」


 俺たちは拳をぶつけ、まるで戦友のように別れた。

 雨は弱まり、雷もどこかへ流れていったようだった。

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