不死身な俺と笑わないメイド
三色ライト
第1話 エルサと二人暮らし
半年前の記憶。
家族を事故で失った俺の目の前に現れた、刃物を持つ純白の美少女。
エルサと名乗った美少女は、その刃を俺の胸に突き刺した。
そしていま俺は……
その美少女と、一つ屋根の下で暮らしている。
◆
惚れた女の笑顔が見たい。
男はみんな馬鹿だ。だから胸や尻に視線が持っていかれる。
だが、最終的に女のどこに惚れるのかというと、笑顔なのである。
好きな女の子の顔を思い浮かべて欲しい。頭の中で思い浮かべたその子は笑っていないか?
そう、笑っているはずなのだ。
でも、俺が惚れた女は、どうしても笑顔が想像できなかった。
じゃあ頑張って、頑張って、文字通り死ぬほど頑張って、笑顔を拝んでやろうじゃねぇか。
そう決意した。
エルサの笑顔を見るために。
◆
第一章 ストーカー退治の依頼
意識が覚醒し始めると、甘い香りが鼻腔をくすぐる。
寝ぼけた目を開けると、わずか10センチ先に美少女が眠っている。
少し視線を下にやると、ネグリジェから飛び出しそうな膨らみを確認できる。
自分に意識を向けると、俺も負けじと身体の一部分だけ膨らんだ。
こんな朝は幸せだろうか。あぁ、めっちゃ幸せさ。
もしこの眼前の美少女が笑わないメイドではなかったなら、な。
起きがけに赤いスマホのメールチェックをしてから、眼前の美少女の頬をペチッと叩いた。
「おいエルサ、起きろ。朝だぞ」
「む……おはようございますハルト様」
明らかに眠たそうな顔を隠そうともせず、エルサはサファイアのような瞳を俺に向けた。
新雪のような白い髪に、同じく白い肌。薄ピンクの唇は自然と男を惑わせる。まさに北欧が産んだ絶世の美少女だ。
そんな美少女さまに似合わない、築41年6畳1Kの賃貸アパート。
ここで俺たちは他人から憐れまれる貧乏生活を営んでいた。それもこれも、この絶世の北欧美少女さまのせいである。
「して、どうしてそのように不機嫌であられるのでしょうか」
「そりゃお前のせいでこんな生活になっているからだろ」
「こんな美少女メイドと暮らしているのにまだご不満が? 強欲は身を滅ぼしますよ」
「自分で言うか。否定はしないが」
「えぇ。ハルト様のハルト様もそうおっしゃっていますし」
「おい待てこら。どこ見てんだ」
エルサは明らかに俺の下半身を見てそう言い放った。
「わたくしの胸を凝視していたのですから、無理はありません」
「起きていたのかよ!」
「いいえ。わたくしの胸は見応えありましたか? 揉みたくなりましたか?」
「嵌められた……」
こんなにふざけた会話をしているのだが、エルサの表情はぴくりとも動かない。
こいつと同棲を始めて半年になるが、一度も表情筋が動いたところを見たことがない。
笑ったら可愛いんだろうな、と思い続けて半年だ。人間、諦めも肝心なのだと思い始めてくる。
「朝食を準備します。少しお待ちください」
「あぁ、ありがとう」
エルサはベッドから立ち上がり、彼女の正装に着替え始めた。
黙って目の前で脱ぐのだから心臓に悪い。俺は視線を十数秒逸らす。
布と肌のこすれる音が、この狭い部屋に甘美に響く。
甘美な音が消え去って、数秒。視線を戻すとエルサは黒く仰々しいワンピースを身につけ、その上に白いエプロンを装着していた。服そのものの安物感は否めないが、エルサが着用すればそんなことは些細なことに思えた。
髪は就寝時とは違い、頭頂部と耳の中間地点で結ったサイドテールに変わっている。
慣れた手つきで着替えを終えた彼女は、どこからどう見てもクラシカルなメイドそのものだった。
スカートを少し持ち上げ、顔を傾けてあざとく俺を見つめた。
「いかがでしょう、ハルト様」
「いかがって、いつも通りのエルサじゃねぇか」
「いえ。舐め回すような視線でわたくしの生着替えをご覧になっていたので、その感想を」
「見てねぇよ。視線逸らしていただろうが。あといつもと変わらないじゃないか」
「乙女心をわかっていないところは減点ですね。乙女というものは毎日でも褒められたいものなのですよ」
「そうか……じゃあ可愛いぞ、エルサ」
「…………」
「ど、どうした?」
急にエルサが黙ったので耐えられずに聞いてしまった。
もしかして嬉しかったとか? ついに笑顔が見られるか?
「いえ。思っていたよりしんどいな、と」
「理不尽な奴だな!」
褒めろと言ったのは誰だと思っているんだ。まったく。
言いたい放題言ってくれたエルサは満足したのか知らないが、真顔で鼻歌を歌いながら朝食の準備を始めた。
エルサの鼻歌を聞いていたら怒っているのもアホらしくなってきたな。
俺は黒いスマホでメールチェックをする。これが俺の唯一の仕事道具だ。
スパム、スパム、広告、スパムか。今日も平和だな。
「平和なメールばっかりですと、食事はこちらが最後ですよ」
エルサがテーブルに置いたのはもやしの塩茹でと白米だった。エルサの髪に負けないほどに、純白である。
「おい待て。これのどこが料理だ」
「今あるお金で最善の料理を作りました。ちなみに食費に回せる残金はあと12円なので、次もやしを買えるかも怪しいです」
「淡々と絶望を発さないでもらえるかな」
こんな狭い部屋で二人暮らしをしているところから察せられると思うが、俺たちは貧乏だ。
俺は訳あって定職に就けないし、エルサも訳あって戸籍を持っていないので労働することができない。
まさに、絶望だ。
「いただきます」
エルサは文句を垂れることなく、淡々ともやしの塩茹でと白米を食べ始めた。
俺もいつまでも文句を言っていても仕方がないと悟り、箸を持った。その瞬間、スマートフォンに通知が来た。知らないアドレスからだった。
メールの内容に目を通し、俺はエルサに向かってニッと微笑んだ。
「こんな飯、今日でおさらばだ。しばらくはいい飯食うぞ」
「ということは」
「あぁ、久しぶりの依頼だ」
「それは喜ばしいことですね。あまりの喜ばしさに箸が進んでしまいます」
「おい待て! 俺のもやしは!?」
「早い者勝ちでございます」
「それがメイドのやることか!」
結局俺はぶつくさ文句を垂れながら白米をおかずに白米を食べた。
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