公爵令嬢・オブ・ジ・デッド

Tempp @ぷかぷか

第1話 とりま死刑

「ミラベル・ヒューゴーを斬首の刑に処す」

 その声が響いた瞬間、雷鳴が鳴り響き、見上げた曇天は確かに割れたように思えた。けれども私の運命は何ら変わることはなかった。


 その糞裁判は極めて迅速だった。

 学園帰りに突然囚われた私は石造りの狭い部屋に押し込められた。そして誰も何も往来の無いまま、5日の後、屋外に設えられた公衆の面前、神前法廷に無理やり引き出されての突然の死刑宣告だ。

 見渡すと壇上には、少しだけ気をとがめたような我が婚約者であるはずのフリードリヒ王子と、忌々しくも口角を大きく上げて喜悦の極みをその笑みに浮かべたシャーロットが視界に入る。その瞬間激しい怒りで目の前が真っ赤に塗り潰された。気づけば拳は震えていた。けれども誰も何も音を発しない。

 私が閉じ込められていた間に全てが整えられたのだろう。

「釈明を求めます! いったい私の何が罪というのです! アルフレッド・ヒューゴー公爵の召喚を求めます!」

 父は⁉ 父はどこに⁉ 先程から四方に目を走らせているが、見つけられない。

 こんな無法を許してなるものか。父さえいればどうとでも!

 そのような、心の底ではこの状況ではおそらく手は打たれているのだろうとは認めつつ抱いた僅かな望みも、次の一言で打ち砕かれた。

「ヒューゴー公爵家の一族郎党は既に全て斬首された。そなたが一番罪が重いゆえ最後となったのだ」

「なんですって⁉ 何の罪科があるというのですか!」

 そのように叫んでは見たものの、空気は全く変わらず、鯱張った声は続く。

「今更何をいう。反乱罪、それから王子の暗殺未遂」

「しませんッ! そんなことッ! するはずがない! そのことは王子がよくご存知のはず!」

 私の指先から逃げるようにフリードリヒ王子は目を逸らす。

「ならば何故そう申し開きをしなかったのだ。弁明の機会は与えられたにも拘らず出頭しなかったではないか」

「存じせんッ! 私は5日前から何者かに監禁されていました! だから!」


 そこまで言って気がついた。これは、この問答はわざとだ。

 よく通る裁判官の低い声。サラサラとした筆記の音。

 冷静になればなるほどこの法廷は不自然に静かで、私と裁判官の声だけが響き渡っていることに気がついた。公開の場で、多くの人間がいるにもかかわらず潜める声すら聞こえない。

 おそらくこの裁判に関与する者は全てグルだ。そして申し開きをすればするほど私が言い訳を重ねて罪を逃れようとしているように見えるように記録される。そのように仕組まれているのだろう。

 既に全ての証拠は捏造された。

 ああ。私が監禁されていたあの場所は、郊外の寂れた刑務所だった。

 私は家にでもいて出頭拒否し、逃亡の上捕らえたという証拠もあるのだろう。


 一族郎党……。

 父様。

 母様。

 そしてミシェル、まだ5歳の私の弟。

 みんな死んでしまったのね……。

 そして私も死ぬ。それは確定している。既に確定してしまった。

 私の中で私の魂の熱とでも言うべきものが急速に失われ、代わりに誇り、いえ、私の私たるべき冷たく硬い矜持が私の内側にくっきりと存在するのが感じられた。

 私の目の端、つまり広場の中央にはギロチンが聳え立っている。

 であれば。であれば私は家族のためにも誇り高くあらねばならない。

 背筋を伸ばせ。顔を上げろ。

 目に力を込めて裁判官を真っ直ぐ睨みつけると、その瞳にわずかにたじろぎが浮かんだ。

「私の言いたいことは一つだけだ。たとえどのような証拠を捏造しようとも、どのような陰謀が働いているのだとしても。ヒューゴー公爵家はこの国の剣である。国に忠誠を誓い、決して謀反など起こさない。しかし王家が命を捧げよというのであればその命に従おうッ! それがヒューゴー家だ。目に焼き付けよ」

 裁判官から目を離さずにゆっくりと立ち上がり、震える足を律してギロチン台に進み、すでに感覚のない指で木枠の隙間に自ら首を挟む。

 ごろごろと響く雷槌の音とともに周囲からどよめきが漏れた。

 怖い。

 そっと目をつぶる前にフリードリヒを見た。その視線にはとまどいと、それから混乱、そして少しの疑惑が揺れていた。


 ああ、フリードリヒ。

 あなたとは生まれてこのかた18年の付き合いだった。

 あなたは私のことをよく知っているはずなのに。

 なのにその女に誑かされたの?

 まったく。本当に。

 死ぬのは恐ろしい。とても。体が震え出さないよう、叫びださないよう律するのが大変だ。

 けれども私が最後に思ったのはそれとは違って。

 ただ……『無念』。

 白く埋め尽くされる視界の中で私が最後に聞いたのは、再び落ちた稲妻か、或いはギロチンの滑る音か。

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