スサノオが遺した柄

 正座をし、目の前にある白色の柄を眺めながら、千早は深い息を吐いた。

 この柄は、スサノオが大事にするようにと言った柄だ。本家とされている朝日奈家で保管されている。

 柄は何らかの木でできているものの不思議と綺麗な状態を保っており、劣化している様子は見られない。何かしら力が働いているのではと考え、薄暗い倉は相応しくないと景観がいいこの部屋に飾っている。


「……ご先祖様は封印できたのに。どうして、わたしには何もできないのでしょうか」


 この柄にスサノオが宿っているわけではない。それは千早もわかっている。祖父母には心配をかけたくない。だが、誰かに話を聞いてほしい。そんなときに、こうして柄に話しかけていた。

 そうすることで、少し心が落ち着き、前を向けるようになる──気がするのだ。

 千早は立ち上がり、障子を開けて窓の外に目を向けた。

 ここは、四季折々のいい眺めが見られる。淡い桃色の花で皆を楽しませていた桜が、今は夏に向けて葉を瑞々しい緑色へと変えていっているところだ。秋になれば、鮮やかな赤色をした紅葉で溢れ、冬になれば、白く輝く一面の雪景色が見られるだろう。


 ここは本当に綺麗だ。そう思いつつも、千早は再び深い息を吐いた。

 学校を休んだため、家に戻ると着替えてすぐに祠へと向かった。朝からの出来事で気は滅入っているが、何もしないわけにはいかないと思ったためだ。

 祠がある辺りは随分前から禍々しい空気が漏れ出ている。草木は生気を奪われたかのように枯れ、本来の色を失っていた。動物や虫も、ここには一切近付こうとしない。

 どうにかしたい。どうにかしなければ。そう思いつつも、今日も何もできなかった。昨日も、一昨日も。それよりも前も、ずっと、ずっと。

 今日も気が付けば日が沈みかけ、オレンジ色の空が広がっていた。


「伊吹さんなら、どうにかできるんでしょうね。なのに、わたしがいるから」


 一七夜月かのう家と伊吹本人から、言われていることがある。

 本家に金色の瞳を持つ千早がいるから、分家の伊吹は金色の瞳を持っていても何もできないのだと。

 朝の伊吹の言葉が、千早の頭を過る。

 半端者。金色の瞳は飾り。

 本当に、そのとおりだ。千早は自嘲気味に笑みをこぼし、何度目かの深い息を吐き出すと共に座り込む。


 朝日奈家と一七夜月家は、スサノオの血を継いだ子孫。中でも千早や伊吹のような金色の瞳を持つ者は、スサノオの力も継いでいると言われている。

 何故、本家が朝日奈家、分家が一七夜月家となっているのか。そもそも、何故このような形で分かれてしまったのか。気が遠くなるほどの長い年月を経ているため、どこでこうなったのかはわからない。

 ただ、分かれた理由としては金色の瞳が原因だろうと千早は考えている。

 先に金色の瞳を持つ者が産まれた家が本家。後から産まれた家が分家。

 数百年の間、朝日奈家では金色の瞳を持つ者は現れなかった。一七夜月家は更に数百年の間現れなかったそうだ。そう簡単に金色の瞳を持つ者は産まれてこない。だからこそ、本家や分家といった形に分かれる理由にはちょうどいい。


 千早はごろりと畳の上に寝転がり、大の字になって天井を見た。

 継いでいると言われているスサノオの力は、一体どんなものなのだろうか。顔を横に向け、柄を見る。

 この柄は、一体何に使うのか。大事にしろと言い伝えられているからこうして保管しているが、使い道は知らされていない。封印に使うのだろうかと一度祠の前まで持って行ったこともあるが、何も起きなかった。


「使い方がおかしかったのかな。また、持って行って」

「千早、今少しいいか」


 廊下から聞こえてくる祖父の声に、千早は「どうしたの?」と返事をする。千早が起き上がっているところに、祖父が襖を開けて部屋へ入ってきた。

 手には使い慣れていないスマートフォン。操作方法がわからないのだろうかと思っていると、祖父がある画面を開いて千早にスマートフォンを渡してきた。

 それは、流行りの動画サイト。短い動画から長い動画まで載せることができ、その広告収入や投げ銭と言われる機能で稼いでいる者もいる。

 何か見たい動画でもあるのだろうか。千早の前で胡座を組む祖父を見ると、意を汲んでくれたようで口を開いてくれた。


「このサイトとやらで、心霊スポットを取り上げているやつらを調べてくれんか」

「え? いいけど……なんて名前のチャンネル?」

「ちゃんねる? なんだそれは、わからん」


 何という名前で活動しているのかがわからなければ、調べようがない。心霊スポットに行くチャンネルなど、探せばいくらでもあるはずだ。目立てば目立つほど話題性が上がり、動画は再生され、広告収入も入ってくるのだから。

 そもそも、祖父は一体何を見たいのだろうか。心霊スポット巡りなど、祖父が一番嫌っているものだ。


「そうだ、ここの地名を入れてくれんか」

「え……櫛名村くしなむらを?」


 祖父に言われたとおり、検索窓に「櫛名村」と入れる。これだけでは足りないだろうとスペースを一つ入れ、後ろに「心霊スポット」と追加した。

 検索ボタンを押すとずらりと出てくる動画。それを見せると、祖父はぎこちない動きで画面をスクロールさせていく。事情がわかっていない千早は画面が見える位置に移動はしたものの、画面と祖父を交互に見ることしかできない。

 すると、ある動画のところでぴたりと祖父の動きが止まった。小さな声で「これだ」と呟き、眉間に皺を寄せ、険しい顔をしている。

 千早は画面を覗き込むが、そこに表示された動画とそのタイトルに目を大きく見開いた。


「櫛名村の……呪われた祠を開いてみる!?」


 動画を再生してみると、中身は次回予告のようだった。

 しかし、いつここにやってきたのか。いや、そもそもどのようにしてこの祠のことを知ったのか。公にはしていないはずなのだが、動画では祠や辺りの景色を映し、大きな文字で「次回、ライブ中継」と書かれている。

 千早は画面を勝手に触り、概要欄をタップする。そこにはいつライブ中継をするかが書かれていた。

 記載されている日付は明日。時間は丑の刻。

 千早と祖父はほぼ同時に顔を見合った。二人の顔からは血の気が引き、真っ白になっている。


「おじいちゃん、こ、これ。日付が変わった頃くらいには、この人達来るんじゃ」

「……なんとしてでも止めるぞ。くそ、数日前に怪しい奴を数人見かけた話は聞いていたが、嫌な予感があたってしまった」


 祖父はスマートフォンをズボンのポケットに入れ、部屋を出ようと立ち上がる。


「一七夜月家に話をしてくる。あいつらにも手伝ってもらわんとな」


 足早に部屋を出て行き、千早一人が残された。

 一七夜月家に言いに行ったところで、本当に手伝ってくれるかはわからない。いつも通りなら「本家で何とかしろ」と言いかねないだろう。

 千早は自身のスマートフォンを取り出し、動画を探して再生する。

 何も知らない者からすれば、ただの不気味な祠。開けて何かあれば再生数アップ。何もなくても編集次第でちょっとした話題にはなる。

 そんなことのために、あの祠を開けさせてはならない。


 ──ご先祖様、わたしに力をお貸しください。


 置いてあった柄を手に取り、千早も部屋を出た。

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