私を魅力的に映すのは―⑤
演劇部の部室から移動し教室を覗けば、もう既に九十九くんだけではなかったので、相沢さん、鈴鹿さんと共に教室に入る。
「九十九くん、おはよう」
「ああ」
真っ直ぐに九十九くんのところへ向かう。教室入口で別れた二人にそれぞれの席から見守られているけれど、あまり気にしないで話しかける。どうせ二人がいなくても、もう他の人も登校してきはじめている。
「今日はまた、随分装いが違うな」
「うん」
教室に移動する前に、これまでの要素を総動員だ、と相沢さんのカーディガンを着せられ、スカートを短く、でも前よりは長めに折られたのだけれど。
随分違う、とわざわざ言うからには、以前に試したことのある変化だけでなく、相沢さんが手を加えてくれた髪や鈴鹿さんが施してくれたメイクにもしっかり気づいてくれているのだろう。
「いいと思う……よく、似合ってる」
私はこれに、酷く驚いた。九十九くんが。あの九十九くんが。自分から褒めてくれた。
どこが気に入ったのか聞いてくるようにきつく言い含められていたので、どの道感想は求めるつもりでいたのだけど、その前に。
「……うん、ありがとう」
元々緊張はしていたけど、心臓がひときわ大きく跳ねた影響で返事の声が上擦ってしまう。身体を優しい熱が包む。
「……が」
が? 逆説を意味する接続詞が飛び出してきて急に熱が引いていく。どこかおかしかっただろうか。言いづらそうな九十九くんが言葉を続けてくれるまで、内心慌てながらもじっと待つ。
「…………俺は、いつものお前がいい」
ようやく聞き取れたそれは、思っていたのとはまるで違う言葉だったけれど。
彼との関係性になのか、自分になのか。焦っていたのか、不安になっていたのか。喜んでほしかったのか、ドキドキして欲しかったのか。
何をどう口にしても腑に落ちず、うまく形にできずにいた感情が、そのまますうっと溶けて消えた。こんなに簡単に。
「うん……んふふ」
鈴鹿さんの言葉が浮かんでくる。変わりたい私。変わりきれない私。それでも九十九くんが選んでくれた私。
九十九くんの一。
「私も今、好きになった」
−−−
その後、相変わらず相沢さんはぷりぷりと怒った。
「誰のために変わろうとしてると思ってんだぁーっ!」
それはもう、火でも吹きそうな勢いだったけれど、私が満足しているので渋々矛を収めてくれた。
「変わらなくていいよ、なんていうのを真に受けて飽きられて捨てられる子だって世の中にはいるんだから! 気をつけなよね!」
もう講義は十分です、と解約のお願いをした時そう注意されたけれど、その心配は多分、大丈夫だと思う。
鈴鹿さんはたった一言、そうですかと言うだけだったけれど、その顔はとても満足そうだった。
彼女とはまた今度、彼女は間宮くんにどんな言葉を貰ったのか、こっそり教えてもらう約束をした。
それから、九十九くん経由で知ったのだけど。
彼は実は美法ちゃん達から、それとなく私のしたがっていることを仄めかされ、きちんと汲んであげるようにと言われていたらしい。
それでか、と思わないでもなかったけれど、それでもその上で彼なりに考えて自分から褒めてくれた事は、やっぱり嬉しかった。
お昼休みの報告会が無くなって美法ちゃん達との食事会に戻ってからも、彼女たちは素知らぬ顔で何も言わなかったけれど、それでもありがとうと、お礼だけは言わせてもらった。
流石に、変化した容姿にだけは触れられたと言うか、真咲ちゃんと、特に結季ちゃんに褒めちぎられ、ちょっと本気で照れてしまったけれど。
美法ちゃんだけは褒めてくれたけど、でもいつもの一透の方が良いと、九十九くんと同じことを言ってくれた。
九十九くんと同じこと言ってると指摘すると、美法ちゃんは複雑そうな顔をして、やっぱり結季ちゃんがちょっと怒った。
翌日。起きて、ご飯を食べて、眠気が覚めてきた頭で身支度をして、それから姿見の前に立つ。
やはり映るのは特に特徴のない顔だったけれど、頭の中に大好きな人たちの顔が浮かぶからか。
その表情は昨日より、なんだか少し、愛おしかった。
そうだ。それから、余談に余談を重ねる形になるけれど、それ以外にも明確に一つだけ、変わったこともあった。
「おはよう、結季ちゃん」
「おはよう、一透ちゃん。やっぱりもうすっかり戻っちゃったんだね」
「うん。やっぱり私はこのままでいいや」
「勿論わたしも、そのままの一透ちゃんも素敵だと思うけどね? ……あれ? でも」
流石結季ちゃん。目敏い。
「これだけは気に入ったから、続けることにしたの」
柔らかく弧を描く私の唇を、微かな艶が彩るようになった。
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