第112話 方針は
顔面蒼白な先輩の前で、私も戸惑う。
先輩のせいでこうなったのだからなんとかして下さい、と言っているみたいで言いたくはなかったのだけど、嘘もつけないし、でもその結果、やはり先輩は気にしてしまっている。どうしよう。
「もしかして、一透ちゃんが過剰にハジメ君に構ってしまうのも、私に重ねて?」
「えっと、それは、その」
そんなことないと言ってあげたかったけれど、やっぱり、私は嘘がつけない。
「そっか。じゃあ、私のせいだね」
「そんな、違います。私が上手くできないから」
「いいの、一透ちゃん」
反省はしているけれど。ちょっとへこんでもいるけれど。なんだかちょっとだけ嬉しそうに見える。
「失敗できるのも、それを自分でちゃんと取り返せるのも、嬉しいから」
人のために自分を取り繕ってばかりいることを思い悩んでいた先輩が、そう言っている。先輩は、前に進んでいる。
だから少しだけ、甘えてしまう自分を許せてしまえた。
「私が思うに、だけどね。ハジメ君は嫌がってはないと思うよ。きっとね、理想があるの。一透ちゃんがしてくれたことに、こういう形で応えたい、って。それで、理想からかけ離れた自分の姿を見て、身をすくませてしまうんだろうね」
「先輩も、そうだったんですか?」
嫌な自分を曝け出せない。汚い自分を隠したくなる。先輩はあのクリスマスの夜、そう言った。君にも分かるでしょうって、九十九くんに言っていた。
だけど、きっと先輩は、今は違う。たった一人の相手に対してだけは。
「一透ちゃん。私のアドバイス、覚えてる?」
私の問には答えてくれなかったけれど、それは肯定なのだと、私は知っている。
「はい」
アドバイスと聞いて、思い浮かぶのは一つだけ。
「どう? 言える?」
九十九くんに、私が、って言えるかどうか。その答えは、私がそう言うことが、彼の幸せに繋がるか、不幸に繋がるかによる。なにより。
先輩は、そう言ってあげたいのなら彼の弱いところも見てあげなさいと、そうアドバイスしてくれたけれど、私は彼にとって、弱い部分を見せられる相手になれていない。
「先輩はどうして、進藤くんのそれを、受け入れられたんですか」
だから、私が一番聞きたかったのはこれだった。
「私はどうすれば、弱い所を見せてもらえる相手になれますか。他の人じゃなく、私がって、そう言って、受け入れてもらえる人になれますか」
進藤くんも、私と一緒だったはずなのに。受け入れられないって、冬紗先輩に言われていたのに。それでも彼は、受け入れさせてみせた。進藤くんは、どうやってそれを成し遂げたのだろう。
私は進藤くんが先輩にしたみたいに、九十九くんとの未来を描けない。彼の未来に、私の価値を見い出せない。
「一透ちゃん」
「むい」
いつの間にか、自分でも気づかぬままに俯いていた私の頬を先輩が両手で包んで、前を向かせてくれる。私の口から、思わず変な声が漏れた。先輩の顔が、目が、見える。
「下を見ていても、相手のことなんて見えないよ。前を向いて」
ぎゅっと、酷く狭まっていた視界が少し広がった。心なしか視界も明るくなったような気がする。
「私は、あとはハジメ君が勇気を出すだけだと思うんだけどね。一透ちゃんが選べるのは二つ。一透ちゃんも自分の不安をちゃんと話すか、少し距離を置いて、ハジメ君に足りないものを知るか」
「私の不安を話したら、九十九くんの重荷になりませんか?」
「なるかもね。でもそれはハジメ君の問題だよ。彼が克服するしかない」
なら、できない。あとは九十九くんの問題だから。そんな言葉で、彼の苦しみを見過ごすことは出来ない。でも、だとしたら。
「一条さんが言うみたいに、距離を置くのが正解なんでしょうか」
「違うよ、一透ちゃん」
先輩がその二択だって言ったのに。そう思ったけど、そうじゃなかった。
「誰かのために距離を置くんじゃないの。自分のために距離を置くの。近すぎて見えなかったものを見るために。だから、遠すぎちゃ駄目。ハジメ君が一歩踏み出せたときにそれを受け止めてあげられる距離で、一透ちゃんも、ハジメ君に足りないものを考えるの」
近すぎて見えないもの。九十九くんに足りないもの。私が埋めてあげたい、九十九くんの弱い所。
「見えるでしょうか」
「見えるよ。だって一透ちゃんは」
先輩は私の顔から手を離すと、スマホを取り出して、私とのメッセージ履歴から一枚の写真を見せてくれた。
夜空の下。夜景が見える見晴らし台で、二人並ぶ進藤くんと冬紗先輩。瞳に涙を浮かべた先輩の笑顔。
「一透ちゃんは、作り物じゃない私を見つけてくれた」
ああ。私は本当に、恵まれている。
正解がわからない。私は何も出来ない。そうやって挫けそうな時、いつも誰かが教えてくれる。
私がしてきたこと。私の知らない、私の価値。教えてくれる人が、いつも側にいてくれる。
私も君にって、そう思って、私は一度、成功しているから。
また出来るって、信じてもいいかな。九十九くん。
−−−
目的を達したので、進藤くんと合流して帰る準備をする。正門へ向かう途中、進藤くんがお手洗いに行ったタイミングで先輩に声をかけた。
「先輩」
「うん?」
「……やっぱり、何でもないです」
「ええ? なに〜?」
うりうり、と頭を撫でくりまわされる。うん。やっぱりこの顔も素敵だけど、これじゃない。
「写真。撮らせてくださいってお願いしようと思ったんですけど、やっぱりやめました。九十九くんが言ったんです。カメラの性能より、どんな顔をさせるかが大事だって」
先輩はさっき、ああ言ってくれたけど。私はまだ、本当に写したい先輩を引き出せない。
「でも、だからこそ、先輩のカメラがどれか、教えてくれませんか。先輩の見ている景色と、同じものが見たいんです」
「……そうだね。まだ、愁君との勝負の途中だもんね」
そう言って、先輩は鞄からカメラを取り出して見せてくれた。型番のメモまで書いて渡してくれる。
貯金はもう貯まっている。きっと買えるだろう。そうしたらもっと、先輩のこと、カメラを通して見たもののこと、分かるようになれるかな。
先輩がくれたメモを握りしめていると、優しく頭を撫でてくれる。こんなやり取りもなんだか懐かしい。
「少し目を離すとすぐこれだ。僕が入れない空気を作るのはやめてくれないかな」
「別に入ってきていいよ。ほら、こっちおいで」
今度は苦言を呈しながら戻ってきた進藤くんが、形だけの抵抗を見せながら先輩に撫でられる。
ちょっとだけ羨ましい。九十九くんは好きにはさせてくれるかも知れないけど、こんな満更でもない顔はしてくれないだろうな。
「もうこの辺で許してください。帰らないとなので」
「仕方ないなあ」
「ほら、行くよ人見さん」
進藤くんの照れ隠しに付き合わされて帰路に着く。もう少しいいよと言ったけれど、進藤くんには意図的に無視された。
「一透ちゃん」
去り際、後ろから名前を呼んでくれる声がして、振り返る。
「今度こそ私から会いに行くから、待っててね」
「はい! 待ってます」
大きく、大きく手を振って先輩と別れる。その時こそ、ちゃんと。先を歩く彼との勝負にも決着をつけなくちゃ。
「悩みは晴れた?」
帰りの電車の中で、進藤くんに聞かれた。
「ううん。でも、大丈夫」
悩みは晴れなくても、冬紗先輩に勇気を貰えたから。やることは、もう決めた。
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