第68話 次の約束を欠かさずに

 たっぷり雑談を楽しんでから、飲み物がなくなったのを機に写真展の会場に移動する。


「ちなみに、言ってなかったけど、私が撮ったのも展示されてるよ」


「そうなんですか? 見つけてみせます」


「題と名前は書いてあるから、わからないことはないけどね」


 ふん、と意気込んでみたけど、クスクスと笑いながらそう返されてしまった。いや、題名を見る前に写真だけで気づいてみせる。先輩の写真はいくつも見せてもらっているのだ。出来ないことはないはずだ。


 改めて意気込むと、やはり見透かされているのだろう。先輩は一層笑顔を深める。

 先輩の笑顔を見ていると、私もこんな風に上品に笑いたいものだと思う。


 そんなことを伝えてみると、


「一透ちゃんの笑い方、私好きだけどな」


 そう言って、先輩は私を真似して、んふふと笑った。確かに可愛かった。だけどそれは先輩だからだ。私がやっているのも同じように可愛いだろうか。いや、そんなことはない。


 逆に私も先輩を真似して、出来るだけ上品に、ふふふと笑ってみた。すると何やら微妙そうな顔で、一透ちゃんはいつもの方がいいよ、と言われてしまった。


 納得がいかない。



---



 会場に着いて初めて規模感がわかったが、なかなか大きい写真展のようだった。たくさんの写真が並んでいる。


「せっかくだから、端から一個一個ゆっくり見ていこ」


 先輩はそう言って、私をリードしながら、一つ一つの写真を解説してくれる。


 展示されている写真はどれも素晴らしくて、見ているだけでも感じることは多いのだけれど、先輩の解説を聞くと、工夫や意図などの背景の部分が分かるようになってより楽しめた。


 写真は私に見える人の心を切り取ってはくれないけれど、強い想いが籠もった作品は、作者の感情をほんのりと纏うことがある。絵画や音楽などでもたまにあることだ。


 ここに展示されている作品にも、そういったものがいくつかある。それらから感じ取れる感情は、先輩の解説を通して解像度が上がるように感じた。


 私は、こういった作品からの影響も、それを見た人たちの感情の影響も受ける。だけどそれは、少しも嫌ではない。


 先程の人酔いとは全く違う。素晴らしい映画を見て、心揺さぶられるような。そしてそれを、一緒に見た人と共有するような。


 そんな感覚を、一人で作品を見て、周りの人の心も揺さぶられていくのを見ているだけで感じられるのだから。こういうときだけは、この〝感覚〟があってよかったなと思う。


 さらに今日は先輩もいるので、楽しさも倍増だ。


 そう。やっぱり、先輩と歩くのは楽しい。庭園でもそうだった。垣間見えた先輩の心に不安になったりもしたけれど。それは、本当だけど。


 この楽しい気持ちだって、嘘じゃない。先輩の優しさに手を引かれて、上品な振る舞いに気を惹かれて、夢中になって隣を歩く時間は大切なものだ。


 残りの展示が減っていき、終わりが見えてくるのがなんだか切ない。そういえば、まだ先輩の作品を見ていない。


 そう思っていたら、丁度次の作品が先輩のものだった。ちゃんと、一目で気づくことが出来た。


 それは、あの庭園で撮られたものだった。


「どう? 一透ちゃん」


 今度は、先輩は解説はしてくれなかった。その作品から感じる印象は、あの日庭園で見せてもらった作品たちと、そう変わらない。


 夕日に染まる庭園が、なんだかもの寂しく見えるのは。夕日のせいだとは、私には思えなかった。


「先輩。この間は、失礼なことを言って、すみませんでした」


 そういえば、ちゃんと謝れていなかったなと、今更になって謝る。


「やっぱり、見えちゃう?」


 返事の代わりに返ってきたのは、そんな質問だった。


「先輩は」


 死なないですよね、なんて、聞いてしまいそうになる。それでは今何を謝ったのか分からなくなってしまう。


 それに、今日一緒に過ごした先輩は、とても近いうちに死んでしまうようには、見えなかった。


「先輩は、カメラ、やめちゃうんですか?」


 もしかしたら、これも良くないのかもしれない。でも、目を逸らした方が怖いと、気づかせてもらった。大丈夫って、背中を押してもらった。


 先輩の目を見る。先輩の目は、こちらを見ない。


 だけど、その横顔は、なぜだか九十九くんに重なって見えた。顔つきも、表情も、まるで違うのに。言葉を探すときの彼の顔に、似ている気がした。


「きっとね。私は、ファインダーを覗いて生きてはいけないから」


 あの心。全部諦めて投げ出してしまったかのような、空虚な心。


 先輩はまだ見ていない作品に目もくれず、写真展を出ていこうとする。


「どうしてですか」


 追いかける。声をかける。でも先輩は、こちらを振り返らない。歩みを止めない。


「冬紗先輩!」


 建物を出て、ようやく立ち止まる。こちらに背を向けていて、顔が見えない。


「一透ちゃん」


 見たい。そう願う私の気持ちに呼応するように振り返った先輩は、もういつもの表情をしていた。いつもの心をしていた。


「二人が決めること、って言っておいて、あれなんだけどさ。もしよかったら」


 あまりに何もなかったかのように、先輩が言うから、一瞬なんのことだか、分からなかった。




「ダブルデート、しない?」

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