4.
◇三人称視点◇
いつも夜には闇に沈むこのヨリス村も、今晩は煌々と光り輝いている。今日は月華祭の前夜祭。象徴である白百合をモチーフにした装飾が美しい。明日の本祭は儀式めいた仕来りが多く、どこか子供達には退屈だが、本日は紛う事無きお祭りだ。大人たちは酒を浴び、子供たちは珍しく夜更かしが許され、村には様々な出店が並び、無けなしの蝋燭を皆ありったけに灯している。それは幻想的で眩く、するすると少年を御伽の世界へ誘っていく。
「すごい! ……まるで魔法みたいだ」
いつもは大人ぶっている少年でさえ、興奮と童心を隠せない。
「十年に一度だからな。皆気合が入っているのさ」
明日の儀式の準備を終えた少年は、父と祭りの中心部へ向かう。少年達ロセイン家は代々封印の儀を執り行い、封印の健全性を保安する家系である。
ユリアは待ちきれず母と幼馴染のカタリーナと先に向かってしまっていた。
「明日は儀式で忙しいからな。今日は存分に楽しんでくれ」
「俺も明日の本祭一緒に回りたかったなー」
少年はブーブーと文句を言う。その華やぐ光景は少年を少し甘えたがりに変えたのかもしれない。父は嬉しさ半面、申し訳なさそうに続ける。
「すまないな。これは俺たちにしか出来ない大切な儀式なんだ。十年に一度しか無いから覚えるのは大変だぞ」
「別に誰にでも出来るでしょ。俺たちは祝福者な訳でも無いし。大体、魔女様なんて本当にいるの?」
祝福とは万人に一人、この王国の名の由来となった、女神ヒルドレーナより授かる不思議な力のこと。残念ながら、こんな辺境のヨリス村には祝福された人間は存在しない。
すると父は途端に真剣な表情で話し始める。
「魔女様、赫焉の魔女は伝承の通り確かに存在する。彼女はとても恐ろしい……罪を犯した。決して封印は解かれてはならない」
「その伝承は何度も聞いたよ。そんなのどうせ眉唾でしょ? なら具体的にその赫焉の魔女とやらは一体何をしたのさ」
この村に伝わる魔女様の伝承、今ではもはや童歌と移ろいでいったその詩は、次のように伝わっている。
『鮮白の衆芳に慈雨。その赫炎と染まる髪と瞳、新月の冥府に堕ち参らん』
こんな曖昧な童歌の一節では、その赫焉の魔女の恐ろしさなんぞは伝わらない。この村の人々も心底その存在を信じている訳では無い。
「……伝承には続きがあるんだ。封印の儀が終わったら話そう」
父はしばらく逡巡した後、いつもの笑顔を息子に見せる。
「それでも今日は楽しもう! 難しいことは明日考えればいいさ!」
少年はまだまだ九歳の遊び盛り。せっかくの十年に一度のお祭りを楽しんで欲しいというのは、責任との間に揺れる、せめてもの親心なのだろう。
「お父さーん! レイフー!」
向こうからユリアとカタリーナが満天の笑顔で走り寄って来る。
「見て見てー! おじちゃんに貰ったのー!」
二人の手には綺麗なお揃いのネックレス。乳白色の貝殻を整形した装飾へ亜麻糸を紡いでいる。
「似合うでしょ!」
誇らしげなユリア。このお姫様に似合わないものなど存在しない。
「良かったな」
少年は思わず妹の頭を撫でる。この可愛い生き物は撫でざるを得ない。
「お兄ちゃん。カタリーナも撫でてあげて」
「ええっ! 私はいいよ」
カタリーナは赤面する。いつも無口で引っ込み思案であるが、気遣いを忘れない、人を思いやれる良い子だ。
「いいじゃん。カタリーナはお兄ちゃんと結婚するんでしょ」
ひゃ! と叫んでカタリーナは、そのアイボリーの髪を振り乱しながら、遥か彼方へ逃げ出した。ユリアは待ってと追いかける。
「レイフもまだまだ鈍いわねー。ちゃんと男の子がリードしてあげなきゃダメよ」
母が呆れた声で呟く。こんな嫌な話題はすぐに引き上げなければ。
「あんな綺麗なネックレスどうやって貰ったの?」
「そんなの、ユリアの上目遣い、魅了の魔法で一撃よ」
母はユリアの話になると誇らしげだ。
……流石我が家の魔女様だ。
どんな御伽噺の中であっても定番の魔女の魅了。
その魅了の魔法は絶大。
誰も彼もが逆らえない。
我々下々の者は皆喜んで貢物を献上する。
ユリアもきっと、その魔女の血を受け継ぐ末裔なのだ。
なんて、少年は有りもしない空想に耽る。
しかし、そうでなければこの愛くるしさに説明が付かないのだ。
「いつも言ってるでしょう? 女の子に変化があったら、必ず、絶対、ちゃんと綺麗って言葉にしなきゃ駄目。……ちゃんとカタリーナの事を考えてあげなさいね」
そう言って母はユリアたちを追いかけて行った。
「俺たちはそんな関係じゃない」
追いかける母の背中に少年は呟く。
「レイフ、女心ってのはな、どんな迷宮よりも難題なんだぜ」
父は稀に見るキメ顔でそう諭す。全く似合っていない。
「それは追々大人になってから体感すればいいさ。さあお腹が空いただろう! 出店に行こう!」
キラキラした目で父は手を引く。おそらく早くお酒を飲みたいだけなのだろうが、これも親孝行かと思い、少年はその手を握り返した。
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