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アルストロメリア

夜の白猫

 爪先から耳の先、隅から隅まで真白い猫が、夜の中を駆けていく。上等な毛皮にはシミ一つなく、カツンと地面を打つ足先がネオンを反射してキラリと輝く。


 夜の繁華街はさながら極彩色の海のように、道行く白猫を染めては過ぎる。折り重なる看板、けたたましい声が漏れる露店、煙草と酒と香水の匂い。ふと、千鳥足の男が白猫に近付いて、白猫がするりとそれをかわせば、男は無様に道端の自転車に突っ込んだ。猫は男に一瞥もくれずに、一匹だけステップを踏むような優雅さで。


 やがて白猫は看板一つないビルの前で止まると、ちらりと暗い窓を見上げて、やはり踊るように地下へと降りていく。分厚い鉄の扉が開く直前、白猫はしなやかな動作で毛皮を脱ぎ捨ててる。現れた体は毛皮よりも尚白く、扉の向こうから流れ出した青い光に染められて、今度は過ぎることなく光の中へと消えて行った。


 あぁ残念、白猫の毛並みが好きだったのに。慨嘆した夜空の月は、一つ瞬いて雲隠れ。かくして街は喧騒の中、一匹の白猫を飲み込んで、乱痴気騒ぎは朝まで続くのである。

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