わたしの名前を知っていますか?

一粒 野麦

第1話

 わたしは、「雑草」と呼ばれる草花です。

 雑草の仲間はたくさんいますが、その中でも、わたしは、背はどちらかといえばおチビさんですが、きれいな花をいくつも咲かせています。

 自分で言うのはなんですが、それがちょっぴり自慢です。


 きっと、今、この本を読んでいるあなたもどこかを歩いている時に、わたしを見かけたことはあると思います。

 でも、チューリップさんや朝顔さん、オジギソウさんやひまわりさんなどとは違って、みんなが立ち止まって見てくれたり、さわってくれたり…、そして、ほんとの名前を呼んでくれたりすることは、まずありません。

 以前に、通りがかりの人(黒いメガネをかけて、ひげがとてもお似合いの、そう、学者さんとでもいうような人でした)から、1度だけ、ほんとの名前で呼んでもらったことがあるのですが、それっきりです。

 自分で言うのもなんですが、それはやっぱり残念です。


 ついでに言っちゃいますが、ほんとの名前を呼んでもらえないだけでなく、わたしたち雑草は、だれかに育ててもらえるわけでもありません。自分で勝手に土の中から芽を出し、葉っぱを生やし、花を咲かせていくしかないのです。

 特に、お庭で咲き続けることは難しいです。おうちの人に見つかってしまうと、何かのタイミングで抜かれてしまうことが多いからです。


 幸わせなことに、わたしは、まだ抜かれていません。

 だんだんと分かってきたのですが、お庭ではなくて、おうちの塀の外側の、道に面したすき間に咲いているからかもしれません。


 さて、あなたの1日は、どんなふうに始まりますか?

 わたしの1日は、朝早く、近所の自信満々の犬(ワンさん)が、飼い主さんと散歩してくるところから始まります。

 

 飼い主はご夫婦で、わたしが見上げると、立派なお腹がじゃまをして空が見えなくなるご主人(ふとっちょさん)と、見上げても、すらりとした体形なので空がそのまま見える奥様(やせっぽさん)ですが、1日おきに、代わりばんこで散歩することが多いようです。

 ふとっちょさんと一緒の時は、ワンさんが引っ張って歩くのですが、やせっぽさんとの時は、引っ張られて歩いてくるので、一目でわかります。


 実は、ここに生えた初めのうちは、ワンさんには、おしっこを引っかけられていました。お日様に乾かしてもらうまでは、ぬれていて気持ちが悪いし、ニオイもくさいのが取れないので、とてもとても困っていました。

 なんで、道に面したところに芽を出してしまったのかなと、運命をうらんだくらいです。


 どうしていいのかわからずに、ずっと我慢をしていたのですが、ある日、思い切って、「お願いです。もう、勘弁してください」と言ったら、「ウー」とうなり声を上げてから、話しかけてくれました。

 「ウー、塀に向けておしっこしていたつもりだったけど、後ろが見えないので、引っかかっていたんだね。ごめん、ごめん。」

 それから、お話しするようになったのです。

 

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