第17話:王太子の憂鬱




 王太子は、王城に届けられた罪人を前に、途方にくれていた。

 父親である国王と側近を退陣させる案を、先の戦争の責任を取らせる形で議会に可決させた。

 それを国王本人に告げたのは、ほんの数時間前だ。今は国王では無く、前王になる。


 もっとも、まだ戴冠式を行っていないので、王太子は王太子のままで、現在は国王不在となっている。


 その議会で国王退陣案を可決させる為に暗躍したのは、アレンサナ侯爵家だった。

 同年代が後継者に当主を譲る中、頑なに当主で居続けた野心家。

 しかし、その理由──傍系親族を後継者に指名しても、直系のレグロが居るからと認められなかった事──を知っている王太子は、ただただアレンサナ侯爵家に同情しているだけだった。


 同じような事が自分の身に降りかかるまでは。


 母親である王妃と国王は、完全な政略結婚だった。

 国王が本当に愛していた女性は既にこの世には居ないと聞いて、何となく安心したのを覚えている。

 数年後。その相手がアレンサナ侯爵子息の今は亡き奥方だと、前王妃……祖母が亡くなる時に知らされた。


「拉致監禁して子まで産ませたのよ。あの子は別棟に居る弟と何ら変わりはないの。気を付けて……正当な後継者を殺してその子を後釜に据えるくらい、平気でやるわ」

 実の母親にここまで信頼されていない父。しかし、とこかで納得もしていた。




 馬鹿な戦争で邪魔なアレンサナ侯爵子息を排除しようしたのか、国王は後継者の戦争参加を強制した。拒否した者は後継者に認めないとまで公示された。

 そしてそれは王太子にも当てはめられた。

 王太子が亡くなれば、その座にレグロを座らせられると欲が出たのだろう。


 それでも世の中は、それほど甘くは無いようである。

 王太子も、アレンサナ侯爵子息も、戦争を生き延びた。

 そしてその馬鹿げた戦争の責任を取り、国王は別棟での蟄居ちっきょを余儀無くされた。

 の弟は、数年前に。別棟は空いている。


 そこでの同居人が、本日王城へ届いたのだ。

「いくらなんでも早すぎないか?」

 何度も王城で見掛けた顔を、王太子は眉をしかめて眺めた。

 父親によく似た、しかし自分よりも華やかな顔。

 異母弟なのは疑いようが無い。



 なぜ本人がアレンサナ卿の息子だと疑っていないのか、昔は不思議だった。

 ただ単に、自分が大好きで自分を好きな相手にしか興味が無い為に、他人の顔を覚えられないのだ。


 王城で何度顔を合わせても、周りに言われるまで王太子相手でも挨拶をしない。

 更には何度も自己紹介をする始末である。

 女性の顔は比較的覚えているようなので、男性だけ顔無しにでも見えているのだろうか。


 現に今、目の前に居る男は、王太子の前だというのに傍若無人に振る舞っていた。

 王太子が部屋に入って来たのに、ソファに踏ん反り返って座ったままだ。

 王太子相手に、睨みつけてすらいる。



「突然こんな所へ連れて来て、何のつもりだ!」

 こんな所と言うが、王城である。

「俺を誰だと思っている!」

 その前に、目の前に居るのは、戴冠式を待つ王太子である。

「子供も可哀想だろうが!」

 そうは言っても、ソファに乳母と一緒に座った本人は、お菓子を食べて温かい牛乳を飲み、すっかりご満悦である。


 王太子は、大きな溜め息を吐き出した。

 状況を説明するのも、自分との関係を告げるのも、どうでも良くなっていた。

「もうすぐ迎えが来るから、大人しく待っていろ」

 それだけを言うと、相手の反応も待たずに部屋を後にした。




「派手なドレスの女が、レヒニタとかいう愛人で子供の母親。妊婦が今の愛人で、もう一人の乳母に最近は夢中なのだな?」

 王太子が廊下を歩きながら確認すると、側近が緩く首を振る。


「いえ。妊娠してない乳母が今の愛人で、妊婦は二度ほど気まぐれに手を付けた相手ですね。今、夢中になっていた使用人はまだ未遂だったので、難を逃れたようです」

 側近の訂正に、王太子は「お盛んだな」と呆れた声を出した。



 その会話をしている時に、使用人の男と数人の女性が会釈をして通り過ぎた。

 誰も足音ひとつ立てない。

 男は前国王の監視役であり、別棟警備責任者でもある。女性達は別棟専属の使用人だ。

 全員武術の心得が有り、陽の光の中を歩くには、後ろ暗いところが多過ぎる身の上であった。


「可哀想だけど、子供達は他国へ人質王族として行かせるしかないね。何も躊躇ためらわずに切り捨てられる都合の良い駒になる」

 王太子の言葉に、側近も頷く。

「何も対価を取らずに育てるわけにもいきません。使われるのは、国民の血税ですからね」


 王太子はチラリと廊下を振り返る。

「半分とはいえ、と血が繫がってるのは嫌だなぁ」

 誰に言うでもなく呟き、前を向く。

「私は母の血が濃いのだと信じよう」

 わざとらしく明るく言うと、一歩足を踏み出した。



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