第10話   痕跡

 アレンがいない間に仕事が入っていたらしい、八頭だった馬の数が増えていた。ルディレットの兄と、その従者が付き添いの馬だった。


(ルディレットは初めてお兄さんに会ったふうなこと言ってたから、お兄さんは今日この里へ戻ってきたんだ。僕のこと、みんなのモノだなんて言ってさ……あの人も僕のこと、素材くれる子としか思ってないんだ)


 もともといた八頭のうち、子馬を産んだばかりの母馬と、先週立ち上がったばかりの元気いっぱいな子馬がいた。


 その子馬もアレンにすっかり懐いていて、馬小屋に連れてこられたアレンの姿を見るなりぴょんぴょん飛び跳ねて喜んだ。柵から頭を出して、アレンの手の甲をペロペロ。


「ふふっ」


「水汲み用のバケツが、外に落ちていた。お前、子馬に乳をやらなければならない母馬が、どれほど水を飲むか知らないのか」


 アレンはハッとなって青ざめた。馬小屋で働くすべは、全てこのエルフから教わった。授乳時に水分をたくさん取る馬や牛の話も、習っていた。


「ご、ごめん、なさい……」


 でもルディレットに半ば誘拐されるようにして、連れ出されたのである。それはさっきルディレット自らが説明して、謝罪した。連れ出した理由は、「水浴び」だったが……それが今、悪い波紋を生んでいる。


 アレンの帰宅を、馬たちが首を伸ばして喜んでいた。頭をゆすって構ってくれと呼んでいる。


(みんな……)


 申し訳なくなるアレンの胸元に、ディントレスの大きな手が掛かる。音を立ててマントが奪い取られた。


「!」


 驚いて固まるアレンの両肩を、逃げないように強く掴んだ。


 アレンはルディレットから手作りの銀細工を贈られたことを思い出し、それがまさに胸に下がっていて血の気が引いた。今日は一日ルディレットと過ごし、衣類を全て脱いでしまっても、なぜかこれだけは肌身離さなかった……一日中ぷにぷにされていた蕾は真っ赤に立ち上がり、スライムに襲われて瓶の底を汚し続けた下半身は、赤く腫れていた。


 どう見ても、可愛らしい水浴びだけでは済んでない。


 いたたまれなくなって、アレンは胸と下半身を両手でそっと隠すが、手が足りない……。そのあまりの破廉恥な景色に、自分からマントをひん剥いておきながらディントレスはまるで露出狂に遭遇した乙女のごとく固まり、みるみる赤面し、涙目になっていた。


「お、おおおお前〜!」


「ち、ちがっ、ルディレットからは、何も採取されてません!」


「呼び捨て……」


「あ、えと、ごめんなさい! つい!」


 二人とも涙目になっていた。特にディントレスは、アレンを捕えている両腕から上手く力を抜くことができずに、アレンは抜け出せないままだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る