昨今珍しくもないダメ人間、異世界へ飛ぶ
スパニッシュオクラ
第1話 毒吐く独白
梅雨も終盤、湿った空気と夏間近の気温とがモチベーションを奪って逝く今日この頃。
蒸し鍋の様に熱気の籠もったボロアパートに文字通り死体のように這いつくばる一人の男がいた。
もう少しで夏休みだと学生達が浮かれ始める時期、活力とエネルギーに満ちた声が聞こえる度に窓の外に向かって舌打ちを喰らわせる。
喉をゴキュゴキュと鳴らして残りの水を飲み干すと空のペットボトルをゴミ袋の方へと投げ捨てた。
二日程前に壊れたエアコンを感慨深そうに眺めると机に放られたリモコンを徐ろに手に取り親指に力を入れる。
当然の様にエアコンは付かない何もしてないのだから。何もしてないのだからッ(迫真)
「クソがァァァァァッ!!!」。
亜小神タモツ(24)彼は今人生の崖っぷちにいた。
こうじゃない、こんな筈じゃなかった。
今頃は仕事も軌道に乗って酒なんか飲みながら仕事仲間と談笑でもしてるはずだった。
意味のないタラレバを空虚に吐き出す。亜子神タモツは就職に失敗した現在24歳のフリーターである。
惰性で中学に通って、惰性で高校に通って、惰性で大学に通って、惰性で就活して、就職出来なかった、昨今珍しくもない日本男児である。
「はぁ……バイト行こ」。
こうしてタモツは今日も空虚な1日を惰性で過ごす。
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眼を焼いた逆光、唐突に襲うフラッシュライトに思わず目を覆う。
瞼の裏が薄ら紅く照る、それはつい先程まで月も無い新月の夜にはおよそ起こり得ない現象であった。
記憶もはっきりしている。
手に握りしめたレジ袋とその軽装から記憶と現状は合致していて、バイト帰り、近所のコンビニに立ち寄り買い物を終え帰る途中だった事は間違いなく事実である。
そのせいで今起きている状況に若干の真実味を帯びてしまうのが誠に遺憾であるが事実は事実だ。
乾いた瞳が光に慣れ始めると同時に眼前の信じられない情景が脳みそを巡る。
「いやぁ……いやぁまさかな───なぁ、兄弟、お前作り物だもんな」。
乾いた笑いを浮かべながら目の前に居た蜥蜴顔の男の肩を叩く。
一見すれば作り物のようにも思えるそれは人のような微細な揺れを生じていた。
「あん!?なにすんだてめぇ」。
やけにリアルな質感、それに喋った気もする。でも、きっと気のせいだ、アシモ的な何かだ。ペッパー君だ。そう自分に言い聞かせた。
そんな、現実逃避も虚しく蜥蜴顔から繰り出された裏拳が亜小神タモツの頬を刺す。
腹を立てながらその場を去る蜥蜴の亜人、ご立腹の様子。
大通りの人波の中、いじけた子供のように転がったままでいる彼に奇異の視線を向けながら拱手傍観する群衆達。
どいつもこいつもカラフルな頭髪で派手な民族着みたいな服装を纏っていて………だけど鼻で笑っても何処からか笑い返されたような気もする。
要するにアウェイ、異質なのはこちらと言う事だ。
人の顔色を伺って生きて来たが故、人の感情の機微には敏感な方であった。
派手な服装だけならばアフリカのどっかに行けばそれ位の国見つけられそうだ────が、トカゲは無い、どこ行ってもトカゲだけは無い。
いや、アフリカのどっかの国にいる事事態ツッコミどころ満載だが。
まさか、特殊メイク?ドッキリ?
藁にもすがる思いでアホみたいな結論を導き出すと、土埃を巻き上げながら目の前をトカゲ顔の四足獣が引くファンタジーな乗り物が通り過ぎる。
どうしようもない果てしなくどうしようもない。
他の可能性を検討しても眼前の全てが、そのことごとくがそれを否定する。
亜小神タモツは諦めた様に深々と溜め息をする。
これは、認めざるを得ない。
どうやら───異世界モノと言う事らしい。
「うぅ…頬……イタい……」。
頬を擦りながら情けなく嘆いた。涙という名の水分を異世界の大地に吸わせるのだった。
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