第38話 告白

 桐子は貢と手を繋ぎ、洞窟を歩いていた。貢が右手で壁を伝い、桐子が左手に持った懐中電灯で足元を照らす。懐中電灯の光は弱く、足元の丸い光以外、辺りは完全な闇だった。

ひめと、どんな話をしたの?」

 足元を照らして進みながら、桐子は尋ねた。

「別れ話」

 貢が答える。

「他に好きな子がいるからって言ったんだ」

「ふうん」

 そんな人がいたんだ。ここから出られたら、その子に告白するんだろうか。中学生みたいに初々しく。

「その子と、上手くいくといいね」

 貢に寄り添う影絵みたいに、顔が見えない女の子が目に浮かんだ。私なんかが側にいて、さぞかし迷惑だっただろう。そう思ったら悲しくなった。

「私も、いい男を探さなくちゃ」

 強がりは声だけ。顔が見えなくてよかった。

「えーっ!」

 大声に、思わず懐中電灯で貢の顔を照らしてしまう。何故、そんな傷付いたような顔をしてるの?

「そんな事言う?」

「……何が?」

「何がって」

 貢は黙ってしまい、洞窟内には突然の静寂が訪れた。繋いだ手に、痛いほど力が込められる。

「分かってると……思ってたのに」

 ぽつりとつぶやかれた言葉に、桐子は、ぽかんと口を開けた。

 えーっ!

「えぇ~?」

 何、このラブコメみたいな展開。

「そう……だったんだ。ごめん」

 何と言っていいのか、言葉が見つからない。

「ショックだ」

「だから、ごめんって」

 ちゃんと言ってくれなきゃ、分からないよ。

 暫く、二人とも黙って歩いた。ふと貢が足を止める。

「言わなきゃ分からないなら、言うよ」

 突然、宣言するように言うと、貢は桐子の手から懐中電灯を取り上げた。そして何故か、自分の顔を下から照らす。綺麗な顔だけに、少し怖い。

「僕は、きみが、す……」

 いや、かなり怖い。

「す……」

 怖いからやめて。

「ああ、……駄目だ。恥ずかしくて言えない」

 貢は突然、しゃがみ込んで頭を抱えた。懐中電灯の光があらぬ方を照らす。壁から離れちゃ駄目だって!

 本当に中身は中学生なのかもしれない。

 しばらくしゃがみ込んでいた貢は、ようやく気を取り直したのか、おもむろに立ち上がった。

「じゃあさ」

 また顔を下から照らそうとするので、懐中電灯を取り上げる。暗闇から声だけが聞こえた。

「卒業してからでいいんだけど、……僕の為に、毎日みそ汁を作って欲しい」

「…………」

 今度は桐子が頭を抱えたくなった。これではプロポーズだ。しかも古すぎる。ネットカフェで読んだ「めぞん一刻いっこく」がギリだ。残念ながら、今時そんな事を言ったら確実に振られる。

「……うん」

 でも、それに乗っかってみようと思った。とても嬉しかったから。

「じゃあさ、もっとずっと歳をとったら、私だけの為に蕎麦を打ってくれる?」

 暫くして「了解」という声が聞こえた。


 手を繋ぎ、黙ったまま洞窟を進む。手のひらに互いの体温を感じつつ足早に歩きながら、桐子は、先程別れた神々を思い出していた。彼らも今、同じように手をたずさえて根の国への道を歩いているのだろうか。

 どうか、その先にあるのがさいわいでありますように。

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