第35話 選択
「この二か月、何とかして元に戻せないか、あらゆる手を尽くしましたが、叶いませんでした」
現れた時と同じく、神は
「姫神が分離を望まない限り、
日が暮れてきたのだろう。障子を通して差し込む橙色の光が、次第に暗くなっていくような気がした。
「封じねばなりません」
岬が呟いた。
「姫神を探し始めるのが遅すぎた。
苦し気に眉を
「外に出たら、どうなるのですか?」
恐る恐る、という風に小百合が尋ねる。
「大きな厄災が降りかかることでしょう。しかし、それだけではありません」
禍津日神は
「姫神が洞窟から消えたことで、結界のバランスが
岬の顔は強張っていた。
「禍津日神は、それを望んでいるのかもしれません」
何処からか風の音が聞こえた。ざわざわと木の葉が揺れる。不吉な音に思えた。
「どうなさるおつもりですか」
靖久が問う。
「太古の結界は強大でしたが、今の我々にそんな力はありません。出来る限り強力な結界を張り直した後、物理的な方法により洞窟の入口を閉じます。姫神を封じ込めねばなりません」
「では貢は。貢はどうなるのですか」
小百合の声は悲鳴のように聞こえた。
岬は言葉を選ぶように言いよどんでいたが、一つ息を吐き、小百合夫婦に顔を向けた。
「姫神が中にいる限り、お孫さんは死ぬことはありません。
「何だと!」
靖久が立ち上がった。
「この子ごと封印すると言うの。冗談じゃないわ!」
小百合が叫んだ。貢の身体を引き寄せ、抱き締める。
「どんな厄災が起きるかなんてわからないのでしょう。何も起きないかもしれないじゃない」
その言葉は空しく響いた。何も起きない可能性は、きっとゼロに近いのだろう。もし貢が戻ったことで厄災が起きたなら、自分たちのエゴの為に罪のない多くの人を巻き込むことになる。
「この子が居なくなるのも世界が消えてなくなるのも、私にとっては同じことよ。貢は連れて帰ります」
引き
「考える時間をくれ」
靖久が苦し気に言うのを聞きながら、桐子は自分の膝を
「もう、いいんだ」
暫くして、貢がぽつりと言った。
「自分で
その夜は神社に泊めて貰った。
広い座敷に布団を敷いてもらったけれど、誰一人眠っているものはいないように思えた。
どれだけ説得しても、貢は
悪者が居れば良かったのに。そんな風に思った。絶対的な悪が存在し、それを倒すことで全てが解決するのなら、どれほど簡単だろう。その選択に悔いは残らない。悩むことも、恥じることもない。けれど、錦の御旗は与えられなかった。
世間に問えば、どんな答が返って来るのだろう。
世の中のすべてを憎いと思った。世界など滅びてしまえばいい。たった一人の大切な人の将来を閉ざさなければ存在できない未来に、何の価値があるというのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます