図書館のアリアドネ

古村あきら

第1話 コンセンサスゲーム

 ある国、ある街の小さなコンビニ。彼は一年前から、そこでアルバイトをしている。給料は良い方だと思う。昨今は人手不足という事で、深夜のバイトは有り難がられるのである。仕事には慣れたし、賞味期限が切れて廃棄はいきする筈の少々高い弁当を店長が本部に内緒でこっそりくれる時もあるので、彼は今の仕事を気に入っている。

 けれど、ここ最近は気になることがあった。万引きである。よく気を付けていても、商品の数と会計が合わないときがある。店長はとうとう先月から防犯カメラを導入した。

 万引き犯はなかなかに周到で、簡単にはカメラに映らない。けれど、その中に決定的瞬間が記録されているものを彼は見つけた。

 子供だった。一人は十歳ぐらいだろうか。もう一人は、少し年下に見えた。薄汚れたシャツを着た子供が二人、店に入って来る。一人が壁になりレジからの視線を隠す。その間にもう一人が品物をかばんに入れる。ほんの一瞬だった。その後は店を一周して、いかにも欲しいものが入荷していなかった風を装って店を出て行く。店長が溜息をもらすのが聞こえた。一か月の防犯カメラに計四回、それは映っていた。

 コッペパンが一つ。無くなっていても、すぐには気付かない。彼のせいではないと店長は慰めてくれた。けれど今度見つけたら必ず捕まえるようにと、そう言われた。

 その後も万引きはなくならなかった。防犯カメラには、はっきり子供の顔が映っていた。

「何故捕まえないんだ」

 店長は言った。

「君が捕まえないのなら、この映像を警察に提出しなければならない。そして私は君をクビにしなくてはならない」

 半年後、彼はコンビニをクビになった。万引き犯を見逃し続けたからである。

 さて、店長と店員と子供、誰が一番悪いでしょうか?


 そんなアニメーションを見せられ、子供たちは口々に自分の意見を述べた。

「泥棒は悪い事。パンを盗んだ子供が一番悪いと思う」

「店員は何故犯人を捕まえなかったのかな? 面倒くさかったから?」

「パン一つぐらい良いじゃん。相手は子供なんだし。店長が、がめつすぎる」

 笑い声が上がった。

「はいはい。では解答編を見てみましょう」

『先生』が、そう言って再びVTRを操作した。


 深夜の店番を終え、彼はコンビニを出た。空はもう白み始め、小鳥のさえずりが聞こえる。公園を突っ切って帰れば近道なので、そうすることにした。朝の爽やかな空気の中を歩いていた彼は、ふと見覚えのある顔に気付いて足を止めた。公園のベンチに二人の子供。十歳ぐらいだろうか、薄汚れたシャツを着て。

 防犯カメラに映っていた子供達だとすぐに気付いた彼は、二人に見つからないように木の陰に身を隠した。

「ほらよ、味わって食べろよ」

 年上に見える少年が、もう一人にパンの袋を渡す。受け取った子供はパンを二つに割った。大きさにかなり差がある。子供は自分の両手をしばらく眺めた後、大きい方を相手に差し出した。

「はい、兄ちゃん」

 兄と呼ばれた少年は小さく溜息をつくと、弟の手に握られた小さい方のパンを取り上げた。

「ありがとう」

 素直にそう言う弟を見て、兄は笑顔になる。

「母ちゃんにも持って行ってあげる?」

 貰ったパンを再び半分に千切ろうとした弟を制し、兄は首を振った。

「どこで手に入れたか母ちゃんは気付くよ。そしたらまた悲しそうな顔をする」

「……そうだね」

 顔を伏せた弟の頭を撫で、兄は言う。

「母ちゃんの病気が治れば、こんな事しなくて良くなる。もう少しの辛抱だ」

 画面には、痩せこけて襤褸ぼろまとった外国の子供の顔が映し出された。


 室内にはしばしの静寂が訪れた。

「外国の話だったの?」

「子供たちが可哀想」

「店員、優しいじゃん」

 口々に言う子供たちをながめ、『先生』は「さて」と言った。

「では皆さんの意見を聞きたいと思います。子供が一番悪いと思う人」

 三十人ほどの子どものうち、二、三人が恐る恐る手を上げ、周りを見渡して慌てて手を下ろした。

「店長が一番悪いと思う人」

「はい」

「は~い」

「当然~」

 かなりの数の手が上がった。『先生』は満足そうに教室を見渡し、最後の質問を口にした。

「では、店員が一番悪いと思う人」

 誰も手を上げようとしなかった。

 そうだ。誰がこの店員を責めようと思うだろうか。今日の食べ物に困るほどの貧しい国で、小さなパンを盗んだ子供を捕まえることは、彼にはできなかった。そのせいでバイトをクビになっても、それでも彼は……。

「はい」

 少しかすれた声がした。声が聞こえた方を見ると、見た事のない少年の姿があった。六年生ぐらいだろうか。少し長めの髪がさらさらとエアコンの風に揺れている。背筋を伸ばし、片手をまっすぐ耳の横に立てている姿は、算数の授業で正解を答えているように自信に満ちて見えた。

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