皇帝SIDE①

「ナターシャ、だと?」


 この男。この国を統べる現皇帝で、ナターシャは当時皇太子だったこの男の妃であった。

 男の名はキム。50歳を迎えた中年だが、それを感じさせない程に若々しい見た目を保っている。顔には皺も染みも1つも無い。


「はい、先ほどそのような名前の娘が、ハイランドにいたとか…」

「ナターシャという名前の娘ならいくらでもいるだろう」

「確かにそうですが」


 キムが話しているのは、家臣のカヌーク。皇太子妃時代のナターシャの腹心的存在であったが、のちに彼女を裏切り、キムの側についた老いた男である。


「ふむ、ナターシャか…どのような娘だった?」

「美しい娘と聞いております」

「そりゃあそうだ。俺でも分かる。して行動は?」

「狼男と一緒にハイランドで買い物をしていたようです。あのナターシャ妃が狼男と行動を共にするはずがないとは思いますが」


 カヌークはかしこまってそうキムへ報告した。だが、キムの何かを考えているようなしかめっ面は収まらない。


「ふむ…まあ、あの女ならな…」

「どうかいたしまして?」

「カヌーク。…いや、なんでもない。下がって良いぞ」

「ははっ。失礼いたします」


 カヌークが消え、王の間には黄金の玉座に座るキムだけとなる。


「ナターシャ、か…」


 キムの脳裏にはナターシャの笑顔が浮かんでは消えていた。


「…なぜだ。なぜ無性に…」


 キムは左手で顔を覆う。

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