第9話 なければ作ればいいじゃない

「――おうてっ!」

「ぐぉぉぉ……ず、ズバリ強すぎるでしょう! アマ1級の私がこれほどまでに為す術ナシとは……!」


 文化部棟――将棋部。

 ラレアが将棋に興味があるとのことで顔を出してみたところ……なんかラレアのヤツ、部長さんとのお試し対局で普通に勝ってしまったんだが。

 マジかよ。


「く……悔しいですがズバリ――あなたは逸材でしょう! どうでしょうか矢野さんっ、是非我が将棋部で腕を磨いてみてはっ!」

「しょーぎは家でも出来るのでやめておきますっ!」

「ぐはああ!!」


 恐ろしく早いお断り。俺でなきゃ見逃しちゃうね。

 俺は部長さんにすみませんと平謝りしながら、ラレアと一緒に将棋部をあとにした。


「……将棋、強かったんだな」

「うぃっ。チェスが好きなので、しょーぎも向こうでべんきょーしていましたっ」

「なのに、入らなくて良かったのか?」

「今も言いましたけど、しょーぎは家でも出来るじゃないですかっ」


 まぁ、言わんとすることは分かる。

 部活をやるからには、家で味わえないことをやりたいってことなのかもな。


 その後も――


「ソチャですが!」


 茶道部できちんとお茶を立ててみたり――


「演奏うっま!」

「トランペットの音色完璧じゃん!」


 吹奏楽部でプロ級のトランペット演奏を披露してみせたり――


「くっ、この僕よりも綺麗で無駄の無いコードを速く書けるだと……!」


 コンピューター部でプログラミングも出来ることを実践してみせたり――


 ラレアは見学するすべての部活で何かしらの爪痕を残しつつも――


「……うーん、どれもしっくり来ませんね」


 とのことで。

 日が暮れ始めた校内の自販機前でイチゴ牛乳をちゅーちゅーしながら、悩ましげな表情でぼやき始めている。


「しっくり来ないってのはどういうことなんだ?」


 俺はコーヒー牛乳で喉を潤しつつ、


「ラレアならどの部活に入ってもそれなりにやれそうだったが」


 飛び級しているだけあって、ラレアはやはり相当ハイスペックであるらしい。

 母国語じゃない言語で天然なのか計算なのかは別にしてボケを連発出来る時点で非凡だし、基本的に何をやっても高水準で技術を会得出来る能力があると見た。


「んー、多分ですけどわたし……いざ入ったらけむたがられると思っていまして」

「煙たがられる?」

「……短期間でなんでも吸収出来ちゃうので、それを面白くないって思う人が居るということですね」


 あー、なるほど……。


「わたし……それこそ向こうに居るときは色々やっていたんですけど、わたしがなんでも上手く出来ちゃうことがきっかけで、いわゆるイジメを受けていまして……」


 うへ……マジか。


「ですから、誰かと何かをトゥギャザーするの……ホントは怖かったりします」


 ひとけのない廊下に木霊するその言葉は、少しもの悲しい雰囲気を孕んでいた。

 ともすれば泣き出しそうな気配で、ラレアは言葉を続けてくる。

 

「わたし……どうすればいいですかね」

「まぁ……」


 俺は少し考えてから、


「こっちでなら多分そうはならないと思う。アイドル的な扱いのまま上手くやっていけるはずだ。もしどっかに入るなら俺も一緒に入ってサポートしてやるつもりだからな。でも」

「……でも?」

「別にどっかに入ることだけがすべてじゃない、とも思う」


 見知らぬ誰かと何かに打ち込むのが怖いなら、別に必ずしもそうする必要はないはずだ。ウチの高校は部活への入部が義務ではないし。


「ですが……ぶかつに打ち込むことこそアオハルなのかなと。古事記にもそう書いてありましたし」

「絶対書いてない。さておき、だからまぁ、いっそ自分で根城を作るのもアオハルなんじゃないかって話だな」

「……作る?」

「どの部活もラレアにとって『うーん……』って感じなら、居心地の良い部活を自分で作っちまえばいいんだよ」


 ウチの高校は申請すれば部活を作ることが出来る。

 トラウマがある上でどれもしっくり来ないというなら、しっくり来るモノを自分で作ってしまえばいいと思った。


「おにいちゃんっ、それは……――ナイスアイデアだと思いますっ!!!」


 ラレアの瞳が一気に輝きを取り戻していた。

 よしよし。


「確かにそうですよねっ。なければ作ればいいんですよねっ。魏志倭人伝にもそう書いてありましたしっ!!」

「絶対書いてない」

「ともあれ、さすがはおにいちゃんです頼りになりますっ!」


 ――むぎゅ。

 と毎度の如くラレアが抱きついてきてしまった。

 ううむ……良い匂い。柔らかい。

 妹じゃなければ、と思ってしまうが、妹だからな。

 余計な気持ちは引っ込めて、クールに行こう。


「……でも作ればいいって提案しておいてなんだが、作るとしたら何部を作るんだ?」


 既存の部と被るモノを作ろうとすれば、それはさすがに止められるはずだ。

 だから新しい部を立ち上げるなら、まったくの新機軸でなければならない。


「ふふんっ、それはすでに思い付いていますのことですっ」


 得意げな笑みを浮かべながら、ラレアは直後にこう言った。


「ズバリそのまま――アオハル部ですっ!」


 ほーん、なるほどな。


「活動内容はアオハルなことをして過ごすというただそれだけのことですっ! さあおにいちゃんっ、しっぷうじんらいのごとく早速書類をしんせーしに行きましょう!」


 こうして俺とラレアは職員室に顔を出してみたのだが――


「4人からじゃないと申請出来ないよ?」

「アイエエエ……!?」


 そんなこんなで――……人集めから始めないとダメみたいだった。

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