第7話 ジャロ系

「おにいちゃんっ、今日は1日中おうちに居るんですかっ?」

「ああ、週末だからな」


 そう、本日はラレアが我が家を訪れてから最初の土曜日である。

 俺はなんの部活にも入っちゃいないので、午前8時現在こうしてゆったりと朝ご飯を食べている状態だ。


「じゃあ今日はわたしとおでけけしてもらうことって出来ますかっ?」


 どっかのスパイファミリーと同じ言い間違いをしているのは気にしないことにして、


「行きたいところでもあるのか?」

「うぃっ。わたし一度でいいからジャロ系ラーメンを食べてみたいんですっ」


 あ、それは一発でなんのことか分かった。


「二郎系か?」

「それな!」


 相変わらずそのリアクションが気に入っているらしい。

 まだ所々寝癖が残っているラレアは、納豆ご飯をモグモグしながら、


「ジャロ系ラーメンは向こうにいた頃から気になっていましたっ。ちゅーもんするときに呪文を伝えなきゃいけないんですよねっ?」

「呪文知ってるか?」

「知ってます! ――じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすいぎょのすいぎょうまつうんらいまつふうらいまつ、くうねるところにすむところ、やぶらこうじのぶらこうじ、ぱいぽぱいぽぱいぽのしゅーりんがん、しゅーりんがんのぐーりんだい、ぐーりんだいのぽんぽこぴーのぽんぽこなーのちょうきゅうめいのちょうすけ!」

「言えたのすげーけど違う!」


 節子それやない案件である。


「えっ、違うんですか!?」

「違う。寿限無を暗記してるのはすげーけど違う。そんなに難しいもんじゃないから、ホントに行きたいならあとで暗記しとけば大丈夫」


 ――ぴんぽーん。


 そんな折、インターホンが鳴った。


「あ、誰か来たみたいですよ?」

「まぁ……十中八九あいつだろうな」

 

 休日の朝っぱらから俺んちに来る物好きは1人しか知らない。

 

「やっぱお前か」

「ふんっ、巧己の寂しい休日に彩りをもたらしに来てあげたのだから感謝して欲しいものね?」


 玄関の鍵を開けた途端に入り込んできたのは、案の定幼なじみの眞水である。

 休日ゆえの私服姿で、5月中旬にふさわしい白いブラウスとハイウエストパンツという涼しげな格好だ。髪型はいつも通りに黒髪をストレートに伸ばしている。


 ともあれ、こいつは平日だけでなく休日もこうしてやってくる。

 女友達と遊べばいいのになぜか俺との時間を優先するのだ。

 物好きなヤツである。


「――あ、ヌクミズさんおはようございますっ」

「誰が温水さんよ! 眞水よ眞水!」


 居間に移動した眞水が面白い間違いをされている。

 確か小学生時代の渾名がそれだったな。


「無理に名前で呼ぼうとしなくていいのよ。ほら、おねえちゃんって呼べばいいでしょ?」

「マミズもジャロ系ラーメン食べに行きましょうよ!」

「なんでおねえちゃんって呼ばないのよ! おねえちゃんって呼ばれに来たのに!」


 翻弄されてるなぁ。


「大体何よジャロ系ラーメンって!」

「二郎系ラーメンのことだよ」


 俺は補足する。


「ラレアが食いに行きたいんだとさ。だからあとで行くことになってるんだが、眞水も行くか?」

「――行くわ」


 即答だった。


「負けないわ。おねえちゃんと呼んでくれないならラレアちゃんは敵だもの」


 ……なんで対決みたいな雰囲気になってるんだよ。

 大体敵ってなんだ。


「ではマミズっ、お互いきちんと食べきれるかいざじんじょーにしょーぶです!」

「ええそうね、望むところだわ」


 そんなこんなで……なんかそういうことになった。


   ◇


 昼下がり。

 このくらいの時間ならお昼のピークを越えて楽に入れるんじゃないかということで、俺たちはきっちり腹を空かした状態で近隣の二郎系ラーメン店を訪れている。


 目論見通り空いていたので、ちょっと待つだけで3人とも入ることが出来た。

 3人とも「ラーメン・小」の食券を購入している。

 お前も小かよ、という声がどこからか聞こえてきそうだが、今日は朝メシを食ってしまったから大は無理だ。朝を抜けば大を食ったことは幾らでもあるが、小でも麺200グラム以上は確実にあるんだし大目に見て欲しい。


「正面のお客さん、ニンニク入れますか?」


 店員さんが俺に聞いてきた。

 来た。コールの時間だ。

 ラレアはもちろん、眞水も初めてらしいので、俺が手本を見せておこう。


「――ニンニク少なめヤサイアブラ」

「はいよ」


 俺はいつも通りの要求を告げて無事にコールを成し遂げた。

 隣に座るラレアが「おお!」と感嘆の眼差しを向けてくる。


「すごいですおにいちゃんっ」

「な、なんて言ったの? どういう意味なの?」

「ニンニク少なめはそのままニンニク少なめ。あとはヤサイとアブラを普通の量入れてください、って意味だよ」


 コールは、端的に言えば「トッピングをどうするか」という意思表示だ。

 ニンニク、ヤサイ、アブラ、カラメ、という4種類が基本トッピングとしてある。

 ちなみにカラメというのはスープのカエシのことだ。スープの味が濃くなるモノであって、スパイシー的な辛さのことではない。


「次は順番的にラレアが聞かれると思うから、しっかりな」

「うぃっ。きちんと言えると思いますっ」


 そんな風に胸を張るラレアに対して――


「銀髪のお嬢さん、ニンニク入れますか?」


 と、コールの問いかけがなされた。

 さあラレアはなんて言うんだ……?


「――全マシで!」


 ぜ、全マシ!?

 マジかよ……初見でそれはチャレンジャーだな。


「お嬢さん……ラーメン小とはいえ、全マシにすると結構な量だぜ? 大丈夫かい?」


 このお店は店員さんが親切だから、そういう気遣いをしてくれる。

 この辺の雰囲気は店によって全然違うから注意が必要だ。


「だいじょーぶですっ。自信、あります!」

「そうかい……なら行くぜ、全マシ」


 渋い店員さんがニヤリと笑いながら準備をし始める。


「ちょっ、これって私も全マシにしなきゃいけない流れじゃない! 対決してるし!」

「そうですよ! だからマムシも全マシにしてくださいね!」

「眞水! 誰が毒蛇よ! くっ、いいじゃない乗ってやろうじゃないの!」


 そんなこんなで、ほどなくして眞水も全マシをコール。

 男の俺だけが乙女トッピングという異常事態である。


「へいお待ち」


 やがて俺たちの前にラーメンが出された。

 俺のはニンニク少なめのヤサイアブラ普通なので、インパクトはない。

 それでも通常のラーメンと比較したら多いのは間違いない。

 一方で――


「すごいですっ。これがジャロ系ラーメンなのですね!」


 目の前に出された全マシのラーメン・小を見てラレアはテンション爆上げ。


「や、やれば出来るわ食べきれるわ気合いだわ……」


 と、片や眞水は自分の全マシラーメン・小を見て試合前のスポーツ選手みたいに自己暗示をかけていた。

 ……大丈夫かよ。


 そんな風に心配しつつも、俺たちは食事を開始。

 俺は天地返しと呼ばれるヤサイと麺の入れ替え技を行い、麺を上へ浮上させる。

 これをやる意味は、麺の伸びを防ぐこと、あとはヤサイにスープを染み込ませたい、って思惑がある。


 さてと、浮上させた麺をいただくとする。

 ズルズル、ズルズル。

 あぁ……うめえ。

 この独特の太麺と、ニンニクの効いた濃ゆい豚ベースの醤油味がたまらない。


 もやしもいただくと……うん、シャキシャキ。

 噛めば噛むほど染み込んだスープが湯水のように湧いて出てくる。

 もやしは二郎系ラーメンにおける最高の相棒だよな。


 ちらりと隣の様子を窺ってみると、ラレアは教えてもいないのに天地返しをして麺をズルズルと啜っていた。

 すげーな……全マシを天地返しは上級者でも難しいのに。


 そして眞水はと言えば、なんだかんだ順調にもやしから正面突破し始めている。


 二郎系においてお喋りしながらの食事なんて御法度なので、俺たちはひたすらに啜って啜って啜りまくった。

 やがて――


「――店員さんっ、ごちそうさまでした!」


 ラレアを筆頭に俺たちは無事に完食。

 余裕綽々のラレアをよそに、眞水は若干グロッキーかもしれない。


「あいよ、また来てな。お嬢さん」


 こうして店を出た俺たちは帰路に就くこととなった。


「うぅ……お腹パンパンだわ」


 俺んちまで帰ってきたところで、眞水は俺の部屋の布団に寝そべり始めてしまう。


「見てよこのお腹……妊娠してるみたい」

「み、見せなくていいっつーの……」


 ハイウエストパンツの前ボタンを外して、ブラウスをたくし上げ、ぽっこりと膨らんだお腹を見せ付けてくる眞水の姿は……ちょっとえろい。


「ふふんっ、わたしとマミズのしょーぶは元気なわたしの勝ちでよさそうですね!」


 ラレアも俺の部屋にやってきた。

 眞水はめんどくさそうに「負けでいいわよもう……」と仰向けで敗北宣言。


「やりました! ――あ、ちなみにですけどっ、お腹のぽっこり具合ならわたしだって負けてませんよっ。ほら!」


 と、ラレアも衣服の裾をたくし上げ、ぽっこりと膨らんだ色白なお腹を見せてくれた。


 ……だからえっちぃからやめろってそれは。

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