第5話 神ノ社

「ここが神ノ社の総本部、『ナカツクニ神の宮』だ。」


 空を夜闇が覆い、満月が輝く静かな夜。


 宗教団体『神ノ社』の一員で『巫女』である『ホノカ・イヅモ 』に連れられて俺は、神ノ社の総本部『ナカツクニ神の宮』に到着する。


 神の宮の入り口には『鳥居トリイ』と呼ばれる、内と外を区切る境界の働きをする縦と横の赤い石柱を二本ずつ組み合わせた大きなゲートが聳え立ち、その門より向こう側の敷地内は叢雲の如き濃い霧で覆い隠されて見えない。


 濃い霧の正体は『結界』という防御魔法の一つで、外部からの攻撃や侵入者からナカツクニ神の宮を守っている。


 ホノカが人差し指と中指だけを立てた手の形を作り、ぶつぶつ呪文の様なものを唱えると、鳥居の入口の結界が解除された。


 鳥居をくぐると神の宮全体を覆っていた叢雲の様な霧が一瞬で晴れ渡った様に消え、緑生い茂る木々に囲まれた境内と、その先に続く長い石階段、そしてその階段の上がった場所に、天高く伸びた柱に支えられてどっしりと鎮座する本殿が姿を現す。


「ついて来い。」と言われ、鳥居から境内の奥まで続く参道をホノカと歩く。


 夜闇ですっかり暗くなった境内だが、参道は両脇に等間隔に配置された灯篭という人ほどの高さの石で作られた塔のような証明器具で照らされていた。


「王国の東側の地方で育った君は知っている事だろうけど、『神ノ社』の教義は【多神教】だ。王国各地には遥か昔に神々を封印したとされる御神体が存在し、私達はそれを大切に祀り、守っている。」


 —— 【多神教】。


 神には、世界を作り出した『世界創造の四大神』の他に、多くの神々が存在する。

 古の時代には神々はこの人間の世界に降り立ち、人間達と共存していた。


 その中で人間に猛威を振るって災厄を起こす神々が時々現われたが、人々はその神々を封印することでその脅威から世界を守ったという。


 神々を封印した依り代を御神体と呼び、それは大きな岩であったり、樹齢千年以上と言われる様な大樹だったりと形は様々である。


 神ノ社は、御神体を祀ることで封印された神々の怒りを鎮め、御神体から溢れる神気でその土地にあらゆる恩恵をもたすように活動しているのだと、ホノカは言う。


「古の時代に神々を封印した人々が作り出した宗教団体というのが神ノ社だ。故に神ノ社には強力な力や存在を封じる『封印魔法』が伝承され、現代では魔物に対してその封印魔法を使っている。」


 神ノ社について大まかなところはこんな感じだと言って、説明を終えるホノカ。


 ここまで話を聞き、俺は嫌な予感がする。


「…もしかして、俺をここに連れて来たのってまさか…」


 参道で立ち止まった俺に、少し先を歩いていたホノカが本殿に続く長い石階段を背に振り返る。


「…察しが良いな。そうだ。」


(や、やっぱりか…)


 実家での暁の福音の襲撃に引き続き、またもやピンチのようだ。

 冷や汗を流して次の言葉を待つ俺に、ホノカはにやりと笑みを浮かべて言う。


「トウヤ君。君を、このナカツクニ神の宮に封印する。」


「こっちだ」と言って、先へと歩き出すホノカ。


 神ノ社本部に来てしまった以上、もう抗いようもない俺は黙ってついて行くしかなかった。


 高い場所に位置する本殿へと上がる長い石階段を登る。

 石階段を上がってる間、これから封印される身としては、処刑台に上がる罪人の気分だ。


 しばらく黙って登り続けると、大きな本殿の前へとたどり着く。


 最も神聖な場所とされる本殿は木造の巨大な建物で、地面から長く突き出た四隅の柱と中央の柱が建物全体を支えており、広い角度で広がる大きな漆黒の屋根の下には、建物を一回りする大きな綱が巻かれている。


 重そうな両開きの木造扉をホノカが両手で押し開け、中へと案内される。


 本殿内部はかなり広く、中央には地中から建物を貫いて大きな屋根にまで届く大木の様な円柱の太い柱があり、さらに本殿の奥には円い鏡といくつかの装飾品が並べれられた祭壇が設けられている。


(ここが、ナカツクニ神の宮の本殿…)


 外から隠され、叢雲の様な濃い霧の結界で守られた神の宮で最も高い場所に位置し、荘重的で神聖な場所。


 俺はこの場所で封印されるのか…。


 …………………ん?


(…あれ?)


 神聖な場所であるはずの本殿に似つかわしくない物が置いてあるのに気づく。

 部屋の隅に布団や洗剤のボトルやら生活用品の様なものが置かれていたのだ。


(…?)


「君にはしばらくここにいてもらうから、寝る時はあの布団を使ってくれ。」


「…え?」


「この本殿で生活するのだ。外に出ることは出来ないが、生活に必要な物は揃えたから不自由はないはずだ。」


(本殿で、生活…する?外に出れない…?)


「…って、まさか俺を封印するって、本殿に閉じ込めるっていうことか!?」


「閉じ込めるなどとんでもない。ただ、君には大人しくこの本殿に居てもらうだけだ。」


「封印じゃなくて監禁だろ、これ!」


 今更だが、やはりホノカについて来た事を後悔してきたんだが。


「現在君の正式な処遇はまだ決まっていない。かと言って、君が邪神の生まれ変わりである以上、野放しにするわけにもいかないからな。とりあえず、君を本殿で匿う事になったのだ。」


「匿うのはいいんだが、神ノ社的にはいいのか?本殿で俺が生活してても…」


 一応、宗教団体の本部で最も神聖な場所のはずなんだが…


「本殿とは本来神様がいる場所。邪神と言えど君は神様だ。神様が本殿に居るのは、何もおかしくないぞ?」


 ニンマリと笑顔を向けてくるホノカ。

 目の前の巫女さんはどうやら、本当に同級生を本殿に閉じ込める気らしい。


「た、確かに俺は一応神だけど…」


 自分で自分を神っていうの、なんか恥ずかしいな…。


「って、いやそういう問題ではなく」


「それとも、あれかな?他の神様みたいに岩や樹齢うん千年の大樹に封印された方が、君は満足なのか?」


「…いいえ。ぜひとも、本殿に居させてください。」


 岩や木に封印されるよりは本殿に監禁される方が遥かにマシなので、渋々受け入れることにする。


 とりあえず、これから生活する上で使用する布団と一緒に用意された生活用品を漁って見る。

 頭と体を洗う洗剤と着替えの服が何着、その他にも引きこもり生活には困らない物が揃っていた。


「ずいぶん、用意がいいな」


 いつ用意したのだろうか…。


 さらに、ゴソゴソと漁ると…


(…ん?こ、これは…っ!?)


「ああ、それか」


 俺が手にした雑誌を、ホノカが覗き込む。

 その雑誌の表紙にはあられもない姿の女性が描かれていた。

 さらにどこからか吹いて来た風でページがめくられ、これまた口に出来ない内容の乙女達の姿が露わになる。


「…君も健全な男の子だし、そういう物も必要かなって。」


「いらん!」


 俺は健全でも、これは健全な物ではない。


「好みが違ったのか?」


「ちがう、そうじゃない!」


「君がここの生活中に禁欲でストレスが溜って、邪神の力で暴れ出さないようにと…神ノ社のトップ、大宮司様の計らいだ。」


大宮司様神ノ社のトップが用意したのかよ!」


 まさか、私物じゃないだろうな?


 王国で二番目に大きな宗教団体のトップが、本殿にこんな物を置いてる嫌な想像をしてしまった。


 ずっと持ってるのもどうかと思うので、目に付かない部屋の隅に不健全雑誌を置いておく。


 そんな俺の様子にホノカは軽く吹き出して笑うと、本殿の出入口に向かう。


「人が生活するには本殿の中は快適じゃないと思うけど、大人しくしててくれ。ここにいれば、暁の福音に狙われることもないだろう。」


 ヨミノ町を襲った暁の福音の団員は、多くが町から散り散りに逃げ、その行方を神ノ社が追ってるらしい。

 迂闊に出歩く事も出来ない俺は、この本殿に引きこもる以外の選択は無いので、頷くしかない。


「食事は私が持ってくるから、心配しなくいい。あと必要な物があれば、遠慮なく言ってくれ。」


「ああ。ありがとう。」


「…いかがわしい雑誌がもっと欲しかったら、遠慮なく言っていいぞ?あ、その時は私以外の人に言ってくれ。」


「いや、だからいらないって!」


「ふふ。」


「まったく…」


「あとで食事を持ってくる。それじゃあ、また。」


 いたずらっ子の様に笑い、背を向けて本殿を出ようとするホノカ。


「はあ~ここで監禁…じゃない、封印されるのか~ 」


 冗談の仕返しのつもりで言った俺の言葉に、ホノカの足が止まる。


「…さっきも言ったが、君の正式な処遇はまだ決まってない。このまま本殿に匿うだけなら、いいのだがな。」


「え…」


「君が、古の時代に封印された神々の様に岩や木に封印されないことを祈るよ。…それじゃあ」


 そんな不穏な事を言い残し、ホノカは本殿を後にする。



 本殿の中で特にやる事が無い俺は壁に背を預けて座り、目を閉じた。


(今日は、いろんなことが起こりすぎて疲れた…)


 邪神…暁の福音、神ノ社…。


 起きた出来事を思い出しながら、一息付く。ずっと緊張しっぱなしだった体から力が抜け、思い出したように疲労感を感じてウトウトしだしてそのまま寝てしまった。


 少しうたた寝していると、急に意識がはっきりして目を開ける。

 ふと、本殿の奥に置かれた祭壇に視線が向いた。


(神ノ社の祭壇か…)


 何故か気になって立ち上がり、吸い寄せられるように祭壇へと近づく。


 清潔な白い布がかけられた台の上には、宗教的な装飾品と一緒に米や小さく盛った塩、水の入った小さな瓶などのお供え物が供えられ、台の中央には、人の顔がその表面に収まって映る程の大きな円い鏡が、専用の小さな台座の上に置かれている。


 本殿の祭壇に置かれた一際異彩を放つ鏡。

 何かの魔法具とも思ったが、その鏡から異様な雰囲気を感じ取り、先程のホノカの神ノ社について言っていたことを思い出す。


 —— 神を封印した御神体を祀る宗教団体。


(もしかして、これも神を封印した御神体の一つなのかな…?)


 俺は無意識に鏡に手を伸ばし、その鏡に触れようとする。


 しかし、本殿の扉がギィ…と開く音で俺の手が止まる。


「トウヤ君、食事を持ってきたぞ。…どうした?」


「あ、いや…、何でもない。ちょっと、この鏡が気になって」


「ああ…、その鏡か。それは…」


 ホノカが鏡について言いかけると、タタタッと誰かが走ってくる足音の後に大きな声が飛び込んでくる。


「ホノカさん、大変です!」


 神ノ社の団員で、ホノカとは別の巫女が急いで本殿へと入って来た。


「どうした?そんな慌てて」


「何者かが鳥居の結界を破り、神の宮境内に侵入しました!」


「何…!?」


 ナカツクニ神の宮は、団員に認められた者以外は入れないよう、周囲に外部と隔絶する結界を張っている。

 神ノ社の団員と許可された者しか通さないその結界は、神ノ社の本部を守っているだけあって 並の魔法使いや魔物では破ることは出来ない。


「高位の魔法使いでさえ、簡単に破る事の出来ない結界を一体誰が…」


「現在、神ノ社の団員が侵入者と交戦中です!」


 俺とホノカが本殿から境内を見下ろす。

神ノ社の団員が刀を持って、全身黒い服装の侵入者と戦っていた。


 月明りと灯篭の灯りだけが頼りの暗い境内から、鉄と鉄がぶつかり合う重たい音と金切り音が響くとともに火花が飛び散る。


 — ガンッ ガァンッ キィンッ キィィンッッ


 —「うああッ!!」

 —「ぐああっ!」


 苦悶の声が上がり、神ノ社の団員が倒れる。


 金属音がぶつかる音と火花が飛び散る場所が、次第に本殿へと続く階段に近くなっていき、侵入者が神ノ社の団員を次々に倒して、こちらへと近づいて来ているのがわかる。


「侵入者はこちらに向かっている。…狙いはトウヤ君か?」


 ホノカの言う通り、侵入者は迷いなくこちらに向かっている様だ。


 侵入者は何か大きな武器を持っているのか、それをブンッッと振り回し、石造の灯籠を倒しながら、神ノ社の団員達を弾き飛ばしいる。


(何てパワーだ…参道に並んで立つ灯籠ごと複数の人を薙ぎ倒している!)


「まさか、また暁の福音の団員か…!?」


「大宮司様がいないこんな時に…」


ホノカの仲間の巫女さんが不安そうにする。


「神ノ社の手練れ達は、逃げた暁の福音の団員の捜索でここにいない。どうやったかは知らないが結界を破る程の者だ、相当な実力者なのだろう。今神の宮にいる者達だけでは、あの侵入者の相手をするには荷が重すぎる。」


 境内の喧噪が止む。


 それは、侵入者が境内にいる神ノ社の団員を全員倒したことを意味していた。


 侵入してから僅かな時間で立ちはだかる全ての団員を速攻で倒し、侵入者は本殿へ続く長い階段下まで迫って来た。


「…! あれは…もしかして」


 石階段からこちらを見上げる侵入者を見て、ホノカが呟く。


 ホノカは侵入者の正体に気づいた様子だったが、侵入者は黒い服で身を包んでいるため、暗闇と同化して黒い影となって俺にはよく見えない。


 その黒い影が、長い石階段を素早く駆け上がる。


(来る…ッ!)


「ホノカさん、トウヤさん、私が時間を稼ぎます!二人はその隙に本殿の裏口から逃げてください!」


 そう言って、ホノカの仲間の巫女さんは石階段を駆け下りて侵入者を迎い打ちに行く。


「待て!…く、行ってしまった。トウヤ君!」


 制止を聞かずに行ってしまった仲間の巫女を追いかけるのを止め、ホノカは俺の方へと振り返る。


 ホノカは柏手を打つと、その両掌から二つのを出現させ、一つを俺に放り投げる。


「それを付けろ!侵入者…あの者の狙いは間違いなく君だ。まっすぐこの本殿に向かって来たという事は、相手は邪神の神気を感知することが出来るのだろう。せめて顔を見られないようにしておくんだ!」


(顔を見られないようにって…相手は暁の福音の団員じゃないということか!?)


 暁の福音には俺の顔は知られている。と、すれば一体誰が来たというのか…。


 ホノカに言われた通りに渡されたお面を付けると、


「ぐ、あああああッ!」


 石階段を駆け下りて侵入者を迎い打ちに行った巫女さんが、投げ出されるように本殿へと飛ばされてきた。


 飛ばされてきた勢いのまま激しく転がっていく巫女さんを俺は身を呈して止め、壁への衝突を阻止する。


「二人とも大丈夫か!?」


 お面を付けたホノカが心配の声で、駆け寄って来る。


「ああ、俺は大丈夫だ。この人も気を失っているが、命に別状はなさそうだ。」


 打撲の跡や刃物による切り傷はあるが、致命傷という程ではない。

 気を失ったホノカの仲間を安全な場所に運ぼうと抱きかかえる。


 次の瞬間、背筋に悪寒が走る。


 本殿を誰かが音も無く入る気配に、俺とホノカが本能的に危険を感じてそちらに顔を向ける。


 すると、大きな武器を持った人物が入口に立っていた。


「魔物の様な…いいえ、それ以上の禍々しい力を感じます。これが、邪神の神気なんですね。…吐き気がします。」


 — ゴンッ


 綺麗な声でそう呟き、手にしている大きな武器…斧槍ハルバードの刃を下に向けて落とし、本殿の床の一部を裂く。


「…やはりか。まずいことになったぞ」


(あの恰好…まさかこいつは)


 重量のある武器も然ることながら、俺はその侵入者の姿を見て驚愕する。


 頭を広く覆う黒い頭巾に、肌の露出を一切許さず手首足首までを覆う長い丈の黒い


 その顔には、劇で使用されるような人相の整った白い仮面が付けられていた。


 その侵入者…—、


 王国最大の宗教団体『教会』に所属する修道女シスターは、身の丈程の長い柄の斧槍を持ち上げると、仮面の目穴から覗く冷たい眼差しで俺を見据えたまま矛先を向けて告げる。


「邪神 ベルゼファール。神の名の下に、あなたを断罪します。」

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