第9話 年越し
––––今日は楽しかったな。生まれて初めて鯨を生で見れたし。
今まで、自分は本当に何にも興味を持ってこなかった。オシャレも勉強も部活も、果てには恋愛も。そんな日々は、はっきり言ってつまらなかった、楽しくなかった。
けれど、最近は違う。正直言ってすごく楽しい。失礼だけど、今までどうでもいいと思っていた同僚とも、少しずつ距離が縮まってきているし。
「昔の僕じゃあ、考えられなかったな」
変わってきている。彼女––––美海のおかげで。変わっているのは、僕の性格とか、それだけじゃない。
多分、彼女に対して何かしらの特別な感情を抱き始めている……気がする。
最も、僕は恋愛なんてしたことがないから、これがそういう感情なのかは全くもってわからない。
ただ––––美海のことを”綺麗”だと思ったのは、自然を見た時のそれとは、全く違っていたと思う。
「…………してみるか? 相談」
僕はベッドに転がったまま、スマホに映し出された同僚の名前を凝視する。
「––––よし……!」
◆
「勇那くん、本当に覚えてないんだなあ」
部屋で一人、美海は窓の外を眺めながら、寂しげに呟いた。
「気づいてないんだろうな。……私は、君のことがずっと––––」
翌朝、僕たちは小笠原内の観光スポットを巡っている。さすがにここまで来てホエールウォッチングだけなんて言うのは、もったいない。
と、言うわけで、前々から計画していたルートで楽しんでいる。
ネットでおすすめされていた食べ物や場所は、ある程度ルートを決めて散策した。まだ1、2日程は滞在予定だから、色々な所を回れる。
「そういえば、今日
「ああ、そういえばそうだね」
––––どうりで人が多いわけだ。
辺りには、子連れの家族やカップルなんかが多くいる。やはり、みんなこの時期を使ってくるのか。せっかくだから––––っていう考えが多いのだろうか。
大人は大晦日やお正月ぐらいはゆっくりしたいという考えが多いと思っていた。いや、多いんだろうけど、子どものためなら頑張れるのだろうか。
そんなことを考えていると、視線を感じた。まあ、相手はわかる。
「ジロジロ見ないでもらえない?」
「いや、周り見まくってるから。ああいう関係が羨ましかったりする?」
彼女は口元に手を当て、ニヤニヤとしながらこっちを見てくる。腹が立つからデコピンをした。
「何すんの〜」
そう言って頬を膨らませてはいるものの、その表情はどこか嬉しそうだった。
夜、僕たちは一緒に年を越そうということで、同じ部屋にいる。向こうに来させるのもと思い、僕は美海の部屋に行った。
しかしまあ、女性の部屋に男が行くのもどうなのだろうか。一緒に年を越すと約束してしまった以上、破ることはできないけど……。
––––美海も乗り気だし、とりあえずはこのままでいいか。
肝心の美海はというと、腕時計を凝視している。この日のために、時間が数秒でもズレていないかを何度も確認したらしい。そんれだけ年を越すのが楽しみなのだろう。
その分、歳もとるけど。
「ちょ、勇那くん! あと10秒!」
そう言って彼女は僕の服の袖をグイグイと引っ張ってくる。
「わかったわかった」
「カウントダウン!」
そこまでするかと思ったけど、楽しそうだから乗ってやることにした。
「「3、2、1」」
「ハッピーニューイヤー!」
美海は周りに配慮してか、そこまで大きな声は出さなかった。けど、見るからにテンションは上がっている。
「いやあ、めでたいねえ」
「そうだね」
同僚にメッセージを送っているのか、彼女はスマホをタップしている。すると、僕のスマホにも数件、通知が来た。
母親と優希だ。
どちらも「あけましておめでとう」の文字。母に関しては、体の無事と会社の心配のメッセージが添えられている。
––––そういえば、最近はあまり帰れていなかったな。夏季休暇は帰省するか……。
そう思いながら、僕も「あけましておめでとう」に、心配のメッセージに対する返しを添えた。優希は……まあ適当でいいだろう。
「終わった?」
いつの間にか美海が後ろに立っていた。
「うん。じゃあ、年も越したし僕はこれで」
「え、もう行くの?」
「明日はチェックアウトがあるから、朝早いでしょ。早めに寝ないと、体に
彼女はそれもそっか、と納得してはいたけど、表情は不服そうだった。なんだろうか、もう少し話したいとかだろうか。
だけど、美海の話は長い。ずっと付き合っていたら、この場で寝てしまうかもしれない。
できることなら、それは避けたい。
「……も、もう少し話すのは……」
やっぱりそうだった。けど、このまま無視して帰って、明日拗ねられるのも困る。話すこと自体は楽しいし、僕はもう少しだけ付き合うことにした。
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