【完結】もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも

第1話 運命の出会い

 屋敷の前の大通りは、南へまっすぐ行けば王城にたどり着く。王城に向かうために作られた道なのだ。

 だから今、私は北の森を目指して歩いている。

 人目を避けるために。正確には、追っ手を避けるために。




 初夏とはいえ、夜明け前の地面はひんやりとしていた。


 裸足のまま屋敷を飛び出したせいで、あちこち擦りむいた足はヒリヒリと痛む。

 もう何ヶ月もろくに体を動かしていないせいか、思うように足が動かない。

 筋肉も脂肪もない骨と皮だけのガリガリの足は、すぐに悲鳴を上げてしまった。




 どうしてこんなことになったのかしら。

 伯爵家の一人娘として、何不自由ない暮らしを送ってきたのに。

 それなのに――。


 満足な食事も与えられず、湯浴みも滅多にさせてもらえない生活。身に着けている質素なドレスは、一週間以上着たままだ。



 気が付けば嗚咽していた。涙や鼻水を拭うハンカチすら持っていない。

 それでも、よろよろと足だけは動かした。

 あの男に捕まらないようにと、ただその一念で。





 東の街道がぶつかるところまでやってくると、自然と足が止まった。


 ここは、私の運命を変えた場所。


 ここで全てが変わったのだ。この場所での出会いが――。

 脳裏に、一年前のあの日の出来事が鮮明に蘇ってくる。



 *** *** 



「ねえ、お母様。本当に行かれないの?」

「ごめんなさいね。今日はゆっくり休んでいたいの。あなたはコリーンと楽しんでらっしゃい」

「そう?」

「コリーン。セラフィネのことを頼んだわよ」

「はい。奥様」


 ずっと降り続いていた雨がやっと上がって、私は外を歩きたくてうずうずしていた。



「ねえコリーン。馬車は使わず、二人で歩いて行かない?」

「駄目です。何かあったときにお守りできません」

「もう。何があるっていうのよ」


 結局、ピクニックにはいつも通り馬車で向かうことになった。


 七月から八月にかけて、森の中には可憐な花々が咲き乱れる。

 去年見た景色を思い出しながら、コリーンの用意したランチボックスを気にしていたときだった。

 急に馬車が止まった。

 コリーンが窓を開けて御者に尋ねた。



「どうしたのです?」

「それが、立ち往生している馬車があるのです」


 窓越しに覗くと、東の街道からやって来た馬車が、ちょうど大通りにさしかかったところで、行く手をふさぐように止まっていた。


 その馬車のドアが開き、背の高い男性が降りると、こちらに向かって来た。


 その男性を見た途端、私は呼吸ができなくなった。歩く男性以外の、全ての時間が止まってしまったようだった。



「申し訳ありません。ぬかるみのせいで深い轍が見えず、車輪がはまってしまい動けなくなってしまったのです」


 男性の低いバリトンが耳に届くと、止まっていた世界が再び動き始めた。

 御者が気の毒そうな顔をして、私に許可を求めた。



「私が手を貸してもよろしいでしょうか?」

「ええ――ええ、もちろん」


 御者が馬車から降りて、止まっている馬車の車輪を確認しながら向こうの御者と何やら話している間も、私はその美しい男性から目を離せずにいた。


 男性は私の不躾な視線に気がついたようで、こちらに近寄って来た。

 私は慌ててそっぽを向いた。

 男性が、コンコンと馬車の扉を軽くノックしたので、呼吸を整えてから振り向くと、にっこり微笑んだ男性が私に話しかけてきた。



「これは申し遅れました。私、ワイセラ・ウラクロと申します」

「わ、私は、セラフィネ・モンカーンよ」


 声が少し裏返ってしまった。しかも早口だったし。

 どうしたというの? いつもは、もっと上手く名乗れるのに。

 顔から火が出るとはこのことね。私の顔も、きっと真っ赤になっているわ。


 ワイセラは笑ったりせずに、少しへりくだって一礼した。



「これはこれは。伯爵家のご令嬢でしたか。失礼いたしました」

「い、いいのよ。別に」

「改めてお礼に伺いたいのですが、私のような者が訪ねるには、敷居が高すぎますね」


 ワイセラの顔が曇ると、何故だか私まで悲しくなって胸が疼いた。

 ……何かきっかけを。彼がちゃんとお礼を言えるきっかけを、私が作ってあげるべきじゃない?



「じゃあ、七月十日のプレッセント家のパーティでお会いましょう。プレッセント様には私が話を通しておくから、是非いらして」

「本当ですか。それでは、またお会いできる日を楽しみに待っております」


 轍から出たワイセラの馬車は南へ、私を乗せた馬車は北へと走り出した。



「ねえ、コリーン。……これって。運命の出会いっていうやつじゃないかしら?」

「ええ、ええ、本当に――いえっ。いけません。と、とにかく、旦那様がお認めになった方以外とは、親密になられてはなりません」

「もう――。またそれ?」


 でも今まで一度も、こんなにも心臓がギュウッと締め付けられたことはない。

 これが恋じゃないなら、いったい何なの?

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