第4話 想い出

 私にとって特に印象深い取材がありました。


その日、編集部からの連絡で取材依頼がありました。

「すぐにでも取材して欲しいそうです」


「はぁ何か変ですねぇ、すぐにでもなんて・・・」


「そうですか?ありがたい事じゃないですかあ」


「えぇそれは、そうなんですけど何か急ぐ理由でも、あるんじゃないですか」


怖い話を急いでしたいなんてワケありか、ちょっと変わった人か、どちらにしても普通じゃない感じがしました。


「シキさん今から連絡できますか?えっと電話番号は・・・」

編集さんは他人事ですので事務的です。


 私は、その年の前年暮れに隣家のアパートからの出火が原因で家が半分焼けてしまいました、もらい火の被害者です。


電気は点くようには工事していましたが、まだ壁にブルーシートを釘で打ち付けてもらい応急処置しただけの家に寝泊まりしておりました。


帰ってくると部屋に置いてあった飲みかけのペットボトルが凍っていました。

普通の人は寒くて寝泊りなんて無理でしょうね・・・


 取材の日は精神不安定で夢見も悪かったのを憶えています。


その時、唯一の家族でありました母親は急な体調不良で施設から救急車で担ぎ込まれ市立病院の特別室、集中治療室に多臓器不全で透析などの延命治療を施して入院していました。

高額医療費請求で1日で15万円以上、私は支払いが一割負担+その他実費になりました。


ただし育ての親ではありますが、生みの親ではなく年齢もかなり離れていました。

つまり十分な愛情を持って育てられた訳ではありません。


何かあると呼び出しが来たり支払いもひっきりなしで本当に過酷な日々でした。

「病院はボランティアではないので、すぐに、お支払い願います」

「はぁ週明けにも全額支払いますので、ちょっと待ってください」


あのー俺、家、火事で焼けてんですけど・・・


「待てません可能な分だけでも先に、おねがいします」

「わかりました、じゃコレ・・5万」マジきつい、でも病院だって大変です。

「不足分は、いつになりますか?」

「月曜日の午前中には持ってきます」わかっててもキツイ・・・

「わかりました、よろしくお願いいたします」


今思うと、この頃から私は躁鬱が激しくなり病んでいたと思います。


 さて『すぐにでも』という取材依頼者様の要望に応えて、すぐに連絡いたしました。


お互いの都合に良いファーストフード店で待ち合わせをして取材が始まりました。

依頼者は、お母さんと娘さんの二人で娘さんは高校三年生だと言っていました。


娘さんが言いました。

「本当は父も来たがっていたんですが仕事でして」


「ああ、そうですか、で、どのようなお話でしょうか」


お二人は顔を見合わせて娘さんが口を開きました。


 お話は高校生の娘さんが帰宅しようと夜7時頃、川沿いにある件のアパート前の通りを歩いていた時の事だといいます。


私は心の中で

『ゲッ!またあのアパートか・・・』と思いましたが

顔には出しませんでした。


 ある日の日没直後、娘さんは視力が低く普段メガネをしているのですがメガネをカバンに入れたまま家路を急いでおりました。


件のアパートがある通りは公園があり、ついで空き地があり草むらとアパートがありましたが夜になると街灯は離れたところにあるだけで暗い気味の悪い通りです人通りも、ほとんどありません。


 娘さんがアパートの前まで来るとアパート一階の玄関ドアに何かが

『ヒラヒラ』とはためいているのが見えました。


娘さんはアパートが無人だということは認知していましたが

事件のことや噂のことは知らなかったそうです。


ドアの郵便受けあたりに見える『ソレ』を娘さんは

『貼り紙か何かが風でなびいているのかな・・・』と歩きながら思いました。


だんだんと近づいていきメガネをしていなかった娘さんは敷地内に入り

ヒラヒラと風になびいている『ソレ』を近くでよく見ました。


「あっ!」息を呑みました。


それは貼り紙などではなく郵便受けから出ている

『人間の手首』だったそうです。


自分の目の前で郵便受け口の大きさを無視してドアから生えているように

手首は手招きしています。


『男の人の手だ』と直感的に思いました。


 娘さんはゾッとして走って家まで帰りました。


その日、先ほど見た『ソレ』の事は家族に話さず、やがて眠りに就いたそうです。


翌朝ひどい頭痛で目を覚ますと体が重く起きられません。


すると、お母さんが部屋にやってきました。

「ちょっと、この、お酒、朝テーブルに出てたんだけど・・・あんた?どうしたの・・具合悪いの?」


娘さんから強い酒の匂いがしました。

飲まないはずの娘さんは自分も知らないうちに家にあったウイスキーを夜中にガブ飲みしていたようなのです。


ベットの脇には、嘔吐した跡もありました。


頭痛薬と水をたくさん飲んで横になり、その間に前夜の手首の目撃談を娘さんは、お母さんに話しました。


『おかしい』そう思った、お母さんはローカル冊子で

私の連載を、よく読んでいて取材というよりも娘さんが心配で学校を休ませ、私に、どうしたらいいのか相談に来たのです。


私が一番苦手で恐れるタイプの取材相談です。


 私は霊能者でも祓い師でもありません。


冊子には一度も件のアパートの記事は書いていなかったのですが・・・


「お話は解りました、どうします?私的には一度、神社でお祓いなんか受けても良いとは思いますが・・・アパートの噂は私も聞いて知っていますが、もう二度と近づかないでくださいね」


「やっぱり何かあるんでしょうか?」お母さんが心配そうに尋ねてきた。


「うーん、うまく話せませんが守秘義務もありまして、でもあのアパートには二度と近づかないでさい。お祓いどうします?」


「わかりませんけど、これで済まないような気がするので・・・」


「他にも何か、ありましたか?」


「いえ、今のところ・・・でも何か胸騒ぎが、するんです」

心配する、お母さん。


「わかりました」

『お祓い 神社 ○○街』

私は、すぐに神社をスマホで検索して、まず出てきた神社に電話を入れてみました。


今までお付き合いも初めて電話したところです。


「はい、○○神社でございます」女性が出ました。


「ちょっと、お聞き致しますが、お祓いを、お願いできますでしょうか」


「はい何度目の、お問い合わせですか」

「え?」


「よそ様には、お願いされた経験は、ありますか」


「いえ、ありません、依頼は、お母さんと娘さんの二人なんですが」


「あなたでは無いのですか・・・」

「はい」


「・・・あーはい、はい、本格的な祓いは明日でよろしければ、ただ本日これから、こちらに来ることは出来ますか」


私は目の前の二人に確認を取り

「すぐに伺います」と返事をしました。


「お二人には複数の方と邪気がついている様が

それとあなた、あなたはコチラの鳥居を、くぐらないでいただけますか」


「は?」


「わたくし共の敷地に一歩も入らないで欲しいのです、あなたは今日これから忙しくなりますよ、それでは、お二人お待ちしております」


そして『ブツリ』と電話が切られました。

何も事情を話していないのに神社の女性は既に何かが見えているようでした。


「神社の方もう何か見えていらっしゃるようですよ」

「ええっ?」

「すぐに来てくださいとのことです」急な展開になりました。

依頼者のふたりは御礼を私に言うと、そのまま神社に向かいました。


 お二人とは違って行くことを拒否された私は呑気に、その場でコーヒーを飲んでいました、しかしすぐに私のスマホが大きな音で鳴りました。


「シキマルダ様の携帯でよろしいでしょうか」

「はい」

「〇〇病院です、お母様が御危篤です、すぐに、いらしゃって下さい」

「!」

病院に駆けつけると間も無く私の母は息を引き取りました。


「お決まりの葬儀屋さんは、ありますか?」

私は、お世話になっていた施設の方が懇意にしている葬儀社に手配を頼むと30分ほどで、病院まで来てくれました。


「このまま、わたくし共の斎場に、ご遺体運びますので、車で、ついてきてください」


その後は、とにかく書類にサインしたり急な出費などで、ぐるぐる目が回り夢の中にでもいるような感覚でした。


初日、葬儀社さんが言いづらそうに私に聞いてきました。

「あのー、お支払の方ちゃんとしていただけるでしょうか?」

ストレートな物言いに腹も立ちません。


多分、親戚が一人も駆けつけない様子に葬儀屋さんも不審に思っていたのでしょう。

私もボーっとしていたんだと思います。


「大丈夫です、おいくらでしょうか」


聞けば時代の流れか支払いを分割にしてきたり、まったく支払わないという事例が頻発しているということでした。


 翌日、葬式最中に例の、取材した、お二人から連絡がありました。


無事にお祓いの儀式が済んで一安心されていらっしゃるようで

「良かったですね」と私が言うと


「ただ、神社様には、式さんが言ってらした女性の方、いらっしゃらないようです、聞いてみましたけど電話は神主様しか出ないそうで、そういう受付の方や巫女さんなども、いないそうですよ」


「えー?じゃ私、誰と話してたんですか」


「さぁ・・・多分、男性の神主様だと思いますが、不思議ですよね」


「あ、わかりました、今チョット立て込んでますので何かありましたら、また教えてください、どうも、ありがとうございましたあー」


「あ、あの、こちらこそ、お世話になりましたぁー」


『あれは間違いない、女性の声だった・・・じゃ俺、誰と話してたんだ?』

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