第29話 答え(11/29の分)
香坂が消えたベンチで、ヒロコは溜息を一つ吐いてから天沢に向き直る。
「いい加減にして下さいよ、テンシさん」
睨まれているというのに天沢は好青年らしからぬ悪い笑みを浮かべ、ヘルメットを退かしてヒロコの隣に座る。
「ヒロちゃんなら、俺のことバラすかと思ってたのに。一緒になって香坂さんを騙すなんて、ワルだね?」
「急にいなくなったと思ったら、派遣社員として会社員に紛れ込んでたとかどういうつもりですか?」
声に怒りが滲んでいるあたり、心配はしていたのだろう。天沢ことテンシは、ごめんごめんと笑いながら謝る。
「でも、ヒロちゃんのためだったんだよ? 香坂さんが本当にいい人かどうか調べるのにさ?」
「と言うか、おじさんが会社をクビになったのもテンシさんのせいなんじゃ」
そこで、テンシは首を横に振る。
「悲しいけど、クビになったのは俺は関係ない。リストラは俺が行く前から既に決まっていて、どうしようもなかったんだ」
決まった運命は変えられないから、と呟くテンシはやけに寂しそうに見えた。
「驚いたんですから。朝早くに急にゴミ捨て場に行けなんて連絡くれたと思ったら、おじさんの生首が転がってるんですもん」
想像して可笑しそうにけらけらと笑うテンシに腹は立つが、ヒロコを思っての行動だと言うのはわかっているので怒るのは諦めることにする。
香坂と共に過ごした日々をテンシに話せば、先程別れたばかりなのに感傷が訪れる。
楽しかったんだなぁ、としみじみヒロコは生首のおじさんとの思い出を噛み締める。オカルト好きな自分にとって、資料から戻る方法を考えたり、都市伝説を実際に追ってみるのは非常に刺激的な体験だった。
「おじさんがテンシさんの名前に反応した時から、怪しいとは思ってましたよ。確信したのは居酒屋で店員さんに尋ねた時ですけど」
香坂が天沢と最後に会ったという居酒屋で、ヒロコが事前に尋ねてくることを想定して来たら連絡先を預かって貰うよう頼んでいたのだ。店員から聞いた人物像で、ヒロコは天沢とテンシが同一人物であると踏んでいた。
「ヒロちゃんさ、しばらく落ち込んでたでしょ? だから、香坂さんと暮らす内に元気になってくれて、いい仕事したなぁって俺は思ってるよ」
屈託なく笑うテンシに何も言い返せなくなり、ずるいなぁとヒロコも笑ってしまう。
「ところで、アレは香坂さんに伝えなくてよかったの?」
「約束を守ってくれたなら、いずれわかることですから」
最後に残した答えは、直接伝えるのには照れ臭すぎた。でも、香坂なら辿り着いてくれるのではないかという淡い期待がヒロコにはあった。
「テンシさん、このままどっか行っちゃうんですか?」
「まあね。また別の願いのマッチングしに行かないとだし」
人間ではなく、不可思議な存在である正体がバレてしまったのだ。それを承知の上でヒロコの願いを叶えてくれた嬉しさはあるが、やはり親しい先輩がいなくなるのは切ないものがあった。
「たまには同好会に顔を出して下さいよ。それでまた、飲みに行きましょ? 千鷲さんも寂しがりますし」
テンシは驚いた顔をしてから、恥ずかしいのか顔を背けているヒロコを見てにっこりと笑う。
「そうだな。今度は香坂さんも誘って飲もうか」
「おじさん、お酒弱いんじゃなかった?」
そうだったと笑うテンシは単なる同好会の先輩のままで、胸の中でほっとするヒロコだった。
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