第18話 椿(11/18の分)
写真撮影を終え、白のワンピースからラフな普段着に着替えたヒロコはいつものように香坂へと首問答を投げかける。
「おじさん、首なしライダーって知ってる?」
おや、と今回ばかりは香坂も反応する。
「それなら俺も聞いたことがある。ライダーが夜道を走行中に、曲がった道路標識に気付かず首を切り落とすアレだろ? 失った首を探して、いまだにバイクで走り回ってるって噂の」
珍しく香坂から知らないが返ってこなかったことに軽く驚いたヒロコだが、よく知ってるじゃん、と先を続ける。
「概ねその通りだよ。地域によっては標識じゃなくてトラックが落とされた積荷のせいだったり、騒音に困っていた地域住民の張ったピアノ線、ライダーは暴走族でピアノ線を張ったのは敵対チームがだったりするけどね。首なしライダーも、落とした頭じゃなくて殺していた犯人を探していたり」
聞いた話が膨らみ、様々な形で各地に伝わるのは将門公の首の話と似ている気もした。派手でおどろおどろしい方が、より刺激的で広まりやすいのは香坂にもわかる気がする。
「気づく暇もなかっただろうね。結構なスピードを出して走ってる最中に、すぱんと首を斬られたんじゃ」
香坂の脳裏に、真っ赤な椿の花が浮かんだ。斬首のように、花ごとぽとりと地に落ちる。残された枝ぶりの寒々しさと、美しく咲いたままの花の赤さに薄寒くなる。
「でも、俺は無念で世に留まってる霊じゃないってこの前、千鷲くんが……」
「幽霊と都市伝説ってちょっと違くてさ。初めは同じでも、多くの人に語られ知りわたっていくことで、それ自体が実体を持つんだって」
「実際の出来事じゃなくて、物語そのものがってことか?」
そう、と真面目な顔をしたままヒロコは頷く。
「祟りや妖怪だってそうかもね。自分たちには理解できない物事に、名前を付けて形にして安心する。語られることで、そのもの自体が力を持つんだよ」
ヒロコはスマートフォンを手にして、何やら操作をしてから香坂に見せる。
「なんだ、これ……」
一枚の写真だった。夜道らしく暗い道路と、倒れた自転車が写ってる。その奥で、白っぽく光る人影がある。
光る影には、首から上が消えていた。
「千鷲さんから教えて貰ったんだけどさ。前に聞いた、おじさんが最後に行ったっていう飲み屋。その辺りで、首のない人影に自転車を盗まれるっていう事件が続いてるんだって」
「まさか、俺……?」
切り離された胴体が、頭を求めて彷徨うことなどあるのだろうか。まだ信じられない気分の香坂の前に、ヒロコは何かを取り出す。
「確かめる価値は、あると思うんだよね」
目の前に置かれたフルフェイスのヘルメットは、香坂を入れるのにはぴったりの大きさに見えた。
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