戦う理由は(2)

 グレオヌスは瞠目している。ミュッセルからそんな台詞を聞くとは思っていなかったのだろう。


「いつ、去ってしまうかもしれないってことかい?」

「いや、純粋に怖え。怖ろしいんだよ」


 ブレアリウスも凝視してくる。面持ちには怪訝な色が浮かんでいた。理由を説明しないわけにはいかない。


「たぶんな」

 ミュッセルは前置きする。

「たぶん、あいつは俺がもらった技術を悪用して誰かを辱めたり傷つけたりするのを許さねえ。もちろん試合以外での話だ」

「それはわかるよ」

「あと、金にするのも、だ。もし、大儲けしようとか企んだりしようもんなら終わりだろうぜ」

 自制をするほどの欲求は今はないが。

「おそらく当たってるけど、去られるのが怖いんじゃないのかい?」

「違えな。消される。綺麗さっぱりな」

「まさか! 君をなんて、それは……」


 グレオヌスは否定しかけるが口ごもる。まったく思い当たる節がないわけではなさそうだ。


「怖い奴なんていねえ。他の誰にも俺を簡単に始末できるわけがねえ」

 かなりの自信がある。

「でも、マシュリには敵わねえ。たぶん一瞬で消しちまう。いや、あいつが消さねえといけねえと思うようなことしちまったら俺は抵抗もしねえな」

「自分がそれだけのものを与えられている自覚があると?」

「おう、結構ヤベえ代物しろもんがヴァンダラムには載ってる」

 部分的には見るからに明かせない物がある。


 ブレアリウスが顔を伏せてくつくつと笑いだす。少し不気味だった。


「お前は、そうか」

 上げた目は細められていた。

「そうと言われず協定者の自覚があるのか。ならばなにも言うまい」

「みたいだ。杞憂でしたよ、父上」

「協定者?」

 耳慣れない単語が出てくる。

「気にするな。知らずともよい」

「ああ、その役目は僕たちではないから」

「なんだよ。変な奴らだぜ」


 妙に晴れやかな顔をしている狼男が二人。ミュッセルにはわけがわからない。


「だったら、なぜそんなに強さを求めるんだい?」

 親友はふと気づいたように尋ねてくる。

「アームドスキンに乗るのも作るのも好きなんだっていうのはわかる。でも、強さは絶対条件じゃないと思うけど」

「マシュリに釣り合うように勝とうとしてるって思ったのかよ。俺はあいつが来る前から勝ちにしか興味なかったぜ?」

「うーん、邪な理由は感じなかったけどさ、かといって功名心が強いってわけでもないし」

 想像していた理由が消えてしまったのだという。

「そんなに大事か?」

「納得はしたいな、僕も父上も」

「照れくせえからあんま言いたくねえんだけどよ」


 ため息が出る。口にするには思いきりが必要だ。だが、二人はどうしても確かめたい様子。


「ここメルケーシンって事実上、星間銀河圏の中心だろ?」

 人によっては意見は違うかもしれないが。

「経済や交通という意味では違うが、秩序維持の意味ではそうだ」

「肝心要の場所だ。ここが崩れると世界は揉める」

「うん、父上と君の言うとおりだと思う。だからこそ守りは堅い。人の流入が制限されているくらいにはね」

 言うまでもない常識である。

「逆に言やぁ、ここが安定してりゃ世界が大きく揉めるようなことはねえ。そこここで戦争やってても、それが飛び火して銀河を二分するようなでっかい戦争になることはねえ。管理局が目を光らせているうちはよ」

「調整能力は持っているな。それだけの強権と武力もバックにある」

「親父さん、ブルーが銀河をほうぼう飛びまわってんのだってそうだろ? 最終的に揉め事解決のためだ。その指示はどこから出てる?」

 グレオヌスは「ここだ」と答える。


 紛れもない事実なのは子供も知っている。警務部所属の星間G平和維P持軍Fも軍務部所属のGFもシビリアンコントロールされている。


「だがよ、実際はどうだ?」

 逆に尋ねる。

「そこまで堅いか?」

「見るからに。付近には常に八個以上のGF艦隊が警護している。そう簡単には破れない」

「外見上はそうだよな。現実に機能するかは別だろ?」

 狼に視線が鋭くなる。

「軍事力が低いって言ってんじゃねえ。強いだろうぜ、艦隊はよ。普通の相手ならな」

「なにが言いたい?」

「スクールの軍務科生徒見てて思うんだよ。こいつら能力は高いがエリート意識の塊だし驕ってもいる。思いもしねえ事態に遭遇したときどうなるんだってな」


 訓練どおりのことはできよう。しかし、想定外の事態に臨機応変な対応が可能かと思う。


GFに喝を入れるか?」

 言わんとしているところをブレアリウスは理解したようだ。

「無理だ。言って聞くような奴らじゃねえ。じゃ、どうする? 星間軍を抜いたって意味はねえって思わせる。その後ろにもっと強え奴が控えてるってなったら、おいそれと手が出せねえ」

「お前は……」

「俺がそれをやる。銀河中に名が売れるほど強くなってやる。誰も歯が立たねえくらいにな」

 ニヤリと笑う。

「なるほどな」

「例の司法ジャッジ巡察官インスペクター『ジャスティウイング』みてえに世界を救う力はねえよ。だけどメルケーシンを守ることでもっと守れるもんがあると思ってる」

「果たしてそうか?」


 意思は通じたはずなのに尋ねられる。その意をどう汲み取るか悩ましいところだった。グレオヌスなど大笑いしている。


(まるでジャスティウイングやザザの狼と肩を並べられるみてえに言うなよ)


 ミュッセルは照れ混じりに鼻を掻いた。

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