狼少女、学校へ(3)
へーリテは身体能力も高かった。スポーツでも十六歳の輪に混じって引けを取らない。集団競技となるとすぐにとはいかないが、個人技では驚くべき力を見せる。
(要領を得れば完璧少女になりそう)
エナミは脅威に感じる。
「基本のスペックが違うわー。スポーツのルールに
ビビアンは疲れ切っている。
「身体の作りが違うから。リッテたちも差別だって感じないです」
「近年では
「そういうエナは序盤でダウンしてたじゃない」
途中から見学していた。
「私は頭脳派なの」
「体力もつけてね。うちのコマンダーは長時間戦闘に弱いって思われると困るし」
「……頑張る」
スタミナ不足は実感している。メルケーシンに来てずいぶんと筋肉はついたと思う。体重が増すのは気になったが基礎代謝も上がっているとあきらめた。最近はフラワーダンスメンバーと走り込みをしたりもする。
「ミュウお兄ちゃんはすごいですよね? お兄ちゃんと五分でやり合うスタミナとフィジカルがあるんですもん」
男子は隣で球技に興じている。
「あれは別枠。身体の使い方が根本的に違うから」
「武術をやってる人だってわかります」
「見てわかるもの、ビビ?」
エナミには見分けがつかない。
「それなりによ。体重移動の仕方とか足捌きとか。見てて。あまり身体が浮かないでしょ」
「ほんとだ」
「グレイもそうだけど、あいつらって足で地面を掴んで動いてる。だから敏捷性が桁違いなのよ。そう真似できないわ」
スポーツ選手との違いは一目瞭然だった。派手な躍動感はなく、いつの間にか動いているイメージ。専門にやっている人間に引けを取らないのはその所為だ。
「あんなに楽しそうなお兄ちゃんってこれまで見たことないかも」
へーリテも嬉しそうだった。
「リッテも楽しみましょう? 短い間だけどせっかくの機会なんだもの」
「はい、エナさん」
「今日は食べ歩きミッションだからね」
ビビアンたちも張り切っている。
エナミはいつものメンバーにへーリテを加えてタレスの街に繰りだした。
◇ ◇ ◇
翌日の放課後、フラワーダンスの
「なんなの……」
「だから普通の格好で来んなっつったろ? フィットスキンで正解だ」
前に立っているのはブレアリウスである。一歩も動いていない狼頭の戦士に、三人は一撃も入れられずあしらわれている。
「噂には聞いていましたがお強いんですね?」
エナミは尊敬する人物に話を伺っていた。
「そうね。苦難の日々の結果でなければ純粋に誇れるのだけれど」
「ご苦労なされたのですか、ホールデン博士?」
「昔はね。今は彼に幸せを思い出させてあげられたかしら」
グレオヌスの母親は感慨深げだ。
「あなたのお祖母様も大変な職に就いていらっしゃるのよ」
「聞いております。お二方にはひとかたならず助けられてきたと言っていました」
「少しは星間銀河の秩序の助けになれていれば良いのだけれど」
(見えている世界が違うんじゃないかと思えるほど豊かな発想力の持ち主なのに、こうしていると普通に感じる)
落ち着いた空気が流れている。
「もう無理」
「壊れるにー」
「昇天」
そうしている間に三人はダウン。グレオヌスとミュッセルに引きずられていく。震えあがっていたサリエリとレイミンが代わりに足捌きの練習に駆りだされていった。
「だらしねえな」
「うっさい」
ビビアンは給水しつつ目を剥く。
「あれを誰と思ってんの? ザザの狼よ。世界レベルの英雄にどう立ち向かえって言うのよ」
「ま、俺でも敵わなかったかんな」
「いいとこまでは行ったんだけどさ」
少女は正気かという顔になる。
「馬鹿だとは思ってたけど本気で挑む?」
「誰が馬鹿だ」
「あんたらしいのは認めるけど無謀」
強いものに挑んでいくという赤毛の少年の姿勢は常に変わらない。彼がその先になにを見つめているかは彼女にもわからないが、単なる若さゆえの暴走だとは思わない。その勇壮な背中が頼もしいと感じるだけ。
「ミュウになにかを感じてる?」
いきなりデードリッテに問われる。
「わかりません。ただ、見ていたいと思わせるなにかがあるような気がします」
「その勘は当たっていると思うわ。わたしにもあの子がなにを成すのかまではわからないけれど」
「それは、博士がブルーさんに感じたものですか?」
意味ありげに微笑んでいる。
「認められた人だけが歩む道があるの。その運命に寄り添っていられるのは幸せなこと。なんの代償もなしにとはいかないけどね」
「そう……なのですか」
「おそらく、わかるときがくるから」
(歴史の裏にはなにかがある。お祖母様からそれを匂わせるような言葉を何度か聞いてきた。私もその近くにいるのかしら?)
あっけらかんとしているが持っているとしたらミュッセルだろう。彼の将来になにが起こるのか。そのとき、自分は同じ気持ちでいられるのか。
(経験が足りない。早く大人になりたい。こうして全てを受け入れられるような素敵な女性になりたい)
エナミは未熟な自分を恥じていた。
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