狼頭人身の留学生(3)

 グレオヌスの目に飛び込んできたのは真紅だった。クリムゾンの輝きがそのまま脳を貫き通してしまう。


(こんなことって……)


 認めざるを得ない。一瞬にして心を奪われてしまった。それほどに印象的な美少女である。


(なにも考えられない)


 いわゆる清楚な美少女ではない。TVアイドルのように可憐なわけでもない。肌は日焼けで健康的に浅黒く、快活なイメージである。

 背は低く、女子グループの中でも小さいほうで埋没しかねない。それなのにはっきりと存在感を放っていた。スポーツ系美少女というのが的を射ているか。


 一番に目に飛び込んでくるのは誰でも「赤」だろう。前髪は一部鼻にかかるほど伸ばしているが全体的にはショートの赤髪。後ろも首筋で軽くしてある。

 毛量は多めで、混じり気のない真紅の髪が動くとともにふわりと揺れている。癖もなく無造作に整えているだけという感じなのに見事に輝いていた。


 前髪の奥から覗く目は輪郭もはっきりとしていて、ぱっちりと大きい。細い眉に彩られてくっきりと浮びあがる。

 そして瞳も完璧なまでに赤い。大きな目の中に潤んだように光を放つ真紅がくるくるとよく動く。笑みに細められただけで愛らしさがいや増す。


 大人しめな鼻筋。ふっくらとした頬は軽く紅を掃いたように健康的な血色を持っている。肌も触れると弾けそうな張りが感じられた。

 つやつやとした唇も目を惹く。自然に微笑んでいる形に口角が上がり、笑うと健康的に白い歯が覗く。手を伸ばしたくなるほど魅力的だった。


 体つきは華奢ではない。どちらかというとしっかりとしたほう。そのあたりがスポーツ少女の印象を強めている。

 身体の線は女らしさに乏しく、幼さを感じさせる。それが如何にも似合っているのもいい。花開く前の少女のイメージだ。


「グレオヌス? ねえ、グレオヌス君!」

「え、ああ、ごめん」

 呆然と後ろ姿を目で追っていた。

「どしたの?」

「う、うん、なんでも。僕のことは『グレイ』でいいよ。家族もそう呼ぶから」

「じゃあ、グレイ。なんか、ボーッとしてたけど?」

 かなり隙だらけだったようで言い当てられてしまう。

「あの赤い髪のは?」

「ああ、ミュウね。いい子よ。話しやすいし」

「そうなんだ。へえ、『ミュウ』か……」


 そのあとの会話が記憶から抜けている。彼女のことばかりが頭を占めて離れない。ふと気づくと放心している。このままでは日常生活に支障を来しそうで怖くもあった。


(まいったな。どうしよう)

 初めての経験に困惑する。

(これはどうにかしないと勉強が手につかないな。このままじゃ、なんのためにメルケーシンまで来たのかわからなくなる)


「どう? 無事に着いた、グレイ?」

 ホテルの部屋で戸惑っているうちに母から連絡が来た。

「ちゃんと着いてるよ、マム」

「馴染めそう? 大変じゃない?」

「まだちょっと自信は持てないけど、なんとかするよ。そのうち友達も紹介できると思う。今日も一人仲良くしてくれたし」

 母のデードリッテは「あら、そう」と喜んでいた。


 当たり障りのない言葉を交わして通信を終える。画角内にはブレアリウスの姿もあったが口数少ない父は一言も発さないままだった。


(心配させないようにちゃんとしよう)


 そうは思ったグレオヌスなのだが、ミュウのことが頭から離れずなかなか寝付けなかった。


   ◇      ◇      ◇


「グレオヌス君が編入してもらうのは一般公務官志望のクラスです。主には各国支局に配属される公務官ね。星間G平和維P持軍F星間G保安S機構Oとか、公務官資格がいるところを志望している人も。一番人の多い中間的クラスよ」

 初日の朝は校長のヨアンナ・ミーチネンが生徒に紹介してくれる。

「他には政務公務官を目指すクラスや司法官クラス、GF志望の軍務官コースもあります」


 特殊クラスは校舎が違うようだ。カリキュラムによっては別校舎の同じ教室を使うこともあるらしいが、基本的に混ざることはないという。講義はクラス単位で行う。


「バラバラになる選択科目方式ではないんですね?」

 リモートだと完全にバラバラなのだ。

「社会性を養う意味でクラス単位にしているのよ。仲良くなれば協力意識も働くでしょう?」

「なるほど」


 滞りなく紹介を受けて席に着く。もっともビビアンが下拵えをしてくれていたらしく、なんの支障もなく済んだ。質問攻めには遭ったが、大人の中で育った彼は問題なくクリアする。


「ミュウと?」

「うん、できれば二人で話したいんだけど」


 ビビアンに頼むとすぐに話が通った。クラスの女子の中心的存在である彼女は非常に顔が利く。


(なんだか妙な顔をされたけど)

 そのあと、すぐにニヤリとされた。察してしまったのだろう。


「僕とお付き合いしてください」


 初めて告げた言葉がそれになってしまったが仕方ない。とりあえず気持ちを建て直さないことにはどうにもならない感じだった。今日も今日とてほとんどの時間、彼女を目で追っている自分がいる。


(断られたらショックだけど踏ん切りはつく。この感情だけは結果がないと制御できそうにない)


 しかし次の瞬間、グレオヌスの顎には見事な回し蹴りがヒットしていた。


※明日よりしばらく一日二回7時12時の集中投稿を行います。

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