ゼムナ戦記 クリムゾンストーム
八波草三郎
真紅の衝撃
狼頭人身の留学生(1)
「僕とお付き合いしてください」
グレオヌスははっきりと相手に告げた。
人生初めての経験である。変な汗は出るわ、足は震えそうになるわ、気取られないよう隠すので必死だった。
(絶対変に思われてる。でも、こんなの初めてなんだ)
口にせずにいられない。
(嫌だろうな。
留学してきたばかりの物珍しい
(せめて友達からでも)
わずかでも親しくなりたい一心である。
そう祈りながらグレオヌスは返事を待った。
◇ ◇ ◇
時は遡る。
グレオヌス・アーフは航宙客船の慣れないスロープを踏んでその地に降り立った。そこは惑星メルケーシンの大地。
(案外済んだ空気をしてる)
ついそんな感想を抱いてしまう。
それもそのはず、ここは星間管理局本部が置かれている
(緑豊かだし)
メルケーシンの首都タレスの中央宙港だというのにランディンググリッドを囲う緩衝地帯は小振りな樹木と緑濃い下生えが存在した。なんとものどかな光景である。
「グレオヌス君」
二十代半ばと思われる男が話し掛けてくる。
「はい?」
「内務部官のサリウスです。メルケーシンへようこそ」
「これはどうも」
十六の子供相手に丁寧に接してくる。
「案内が必要かと思いましてね?」
「ありがとうございます。ご厚意はありがたいのですが、今日は学校に挨拶に伺うだけですので。オートキャブを使います」
「そうですか。では、お気をつけて」
(気を遣わせてしまったな)
わからなくもない。なにせ彼はある意味重要人物である。
父に『ザザの狼』の異名を持つ、誉れ高き
銀河規模で有名人の二人の間に産まれたグレオヌスに注目が集まらないわけがない。これまでは、ほとんどを両親のいる戦闘艦『シシラーレン』か、ジュニアスクールの宿舎でしか過ごしていなかったお陰で騒がれずに済んでいた。
(今回の留学ばかりはちょっと覚悟しとかないといけなさそうだな)
ため息が出る。
父の背を追ってGPF隊員を目指すには公務官資格が必須。リモート学科も充実していてシシラーレンに乗艦したまま取得するつもりだった彼に父ブレアリウスは告げる。「外で勉強してこい」と。それで留学と相成ったのである。
(社会勉強が足りないと思われたんだ)
それは否めない。
甘い両親ではないが親元にいる期間が長い。それだけでなく彼にはもう一人の親、ゼムナの遺志『シシル』までいる。赤ん坊の頃から恵まれた環境にある息子を社会生活へと導きたかったのだろう。
(でも、当たり前のように戦場を知ってる僕に社会を学べと言われてもな)
戦闘艦の中など生活の縮図のようなもの。色々なものが濃密に詰まっている。知らないのは平和と同年代の子供との遊びくらい。それを経験してほしいのか。
(とはいえ、
惑星メルケーシンは国家ではない。管理局本部と傘下施設、協力企業の施設、生活産業施設があるだけで、人口の70%以上が国籍を持たず管理局籍を持つだけの人々である。
(とても公用地にはみえない)
目的地を伝えたオートキャブから流れる窓外を眺める。
整然と続く道路と清潔感のある街並みは洗練されているといえよう。併せて生活感もしっかりある。街行く人には活気があって、行動が地に足付いた印象。
強いて違いを挙げるとすれば、管理局の制服や象徴的なロゴの入った服装の人物が多い点だ。当たり前ではあるが、公的区画が続く場所では特に目立つ。
(あれか)
高層建造物が並ぶ公的区画を抜けると公共施設が集められている区画に入る。そこは
(その向こうが生活スペースになってる。事前に聞いていたとおりだ)
一転して高層の商業施設や居住建築が並ぶ一角が遠く続いている。彼の住居となるホテルもそこにあるのだった。荷物はすでに近くの倉庫に届いているはず。なにせ身の周りのもの以外は大物ばかり。
(このへんは特に緑が多いな)
公共区画一帯は意識的にか緑地が目立つ。そこに集うのも若い人がほとんど。平日の昼間であるのを鑑みれば当然か。
並木が切れると視界いっぱいに校舎が並んでいる。間を埋めるのは芝生や人工土、グリップシールされた運動スペース。視覚の優れたアゼルナンには行き交う生徒の姿もはっきりと映った。
「さあ、ここが明日から僕の生活のメインとなる場所だ」
校門の前に立ったグレオヌスは、これから予想だにしなかった生活が待ち受けているとは知る由もなかった。
※本日第三回まで同時更新しています。お楽しみください。
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