戦場に舞う②
毛並みが茶色で、それでいて美しい義胤の馬。黄金によって
ここにいる騎馬隊の長であると、素人でもわかるぐらいだ。
だが、その馬は今怯えている。首を左右に振り、義胤を振り下ろそうと落ち着きがない。
その理由は、馬を守っていた胸元の鎧にあった。
鎧は少しへこんでいる。金の鎧がだ。それ位大きな衝撃が馬を襲ったのだ。
落ち着きが取り戻せない馬に対し、義胤は二の腕の三倍は太いかもしれない首を腕で締め上げる。
「ふんっ!」
一瞬だけ力を込める。
すると魔法に掛かったかのように、馬は落ち着きを取り戻した。
(凄っ⁉ 首を絞めると落ち着くって本当だったんだ)
首を圧迫する事で脳への血流が遮断され、酸欠状態になる。頭に血が上ってパニック状態の相手には、良い薬かもしれない。
仮に自分だったら折れていただろう、と愛姫は想像すると寒気がした。
「さっきもそうだが、この威力……。本当に女か?」
「……女ですが、何か?」
義胤の腕を痺れさせ、馬鎧をへこませるだけの衝撃を与えた蹴り技。とても女技とは思えなかった。
女を疑われたことに、顔を膨らませる愛姫。
「ククッ、まぁ良い。伊達はつくづく男勝りな女子が多いのだな」
つくづく、他にも会った言いぐさだ。理解出来ていない愛姫に、義胤は親指で喜多を指す。
「うぉ――りやぁ――!」
乗馬した状態で、バッサバッサと敵兵を切り捨てる。相馬の騎馬隊も暴れまわる喜多に臆しているのか、全く近付く事が出来ない。
(あっ……、あれが伊達の般若。怖すぎ――!)
一瞬だけ見えた顔は、確かに般若を想像させる鬼の形相。流石、鬼庭の娘である。
喜多ひとりに対して、相手は多数。それでもまったく劣勢に見えない。
それどころか、相手兵がどんどん宙に打ち上げられる。運動会の玉入れみたいで、観てる方は面白い。
「是非、我が家臣にしたいぐらいよ」
「喜多さんは私の侍女なんだから、引き抜きは私を通してからにしてね」
「ククッ、そうか」
笑いながら、地面に突き刺していた槍を引き抜く。
さっきまで笑っていた顔は、一瞬に戦人の顔つきに変わる。もの凄い威圧感だ。
「愛姫と申したな。相馬の騎馬隊が、如何に奥州最強と呼ばれているか、その身をもって知るがよい」
馬に乗った義胤は、グルグルと反時計回りに愛姫の周りを走り続ける。
すると、馬が乾燥した大地を蹴る事により、愛姫の周りに砂煙が立ち込めた。
(ゲッ⁉ 砂煙で馬が全く見えない!)
愛姫が取得できる情報は、周囲を取り巻く砂煙と、大地を蹴る
速度は徐々に上がっていき、愛姫の周りには砂のカーテンが出現した。
「わっ⁉」
カーテンから姿を現したのは、義胤の槍。間一髪で躱してみせるが、槍は再びカーテンの中に引っ込んでしまう。
「そこっ!」
カーテンに向けて蹴りを繰り出すが、あるのは虚しい感触。蹴りで抉ったはずのカーテンは、遠心力で再び元に戻る。
「ふはははははっ! 無駄よ、無駄。砂塵の壁を削ってあぶり出そうと思っているようだが、残念じゃったのう」
「……くっ」
愛姫は懲りずにカーテンへ蹴りを打ち込む。五発、六発、すべてが空振りである。
「無駄だと言っているのがわからんか!」
蹴りを打った右側から出現する豪槍。愛姫の髪の毛を
それでも愛姫は砂塵のカーテンに蹴りを打ち込む。
「……!」
放った一発が、一瞬だけ何かを掠めた。愛姫は何かを確信したかのように、ニヤリと笑う。
「そこだ――!」
カーテンから何かが吹き飛ばされた。愛姫の蹴りは、確実に相手を捉える。
義胤は驚きの顔を隠せない。
「ば、馬鹿な。この技を破る者がおるとは……」
「カラクリさえ分かれば……ね」
「ほおぅ、もう気付いたか」
愛姫は無駄に蹴りを入れていた訳ではない。
ヒントを得たのは、先ほど髪を掠めた義胤の攻撃。本来いると思って蹴った所からよりも、大分右から槍が飛んできたのだ。
「
「――見事!」
笑った義胤は、再びカーテンを発生させる型をとる。再び、愛姫の周りに砂塵のカーテンが展開した。
「また同じ事……。もうネタは上がってるのよ?」
「ふふふっ……、そう思うなら試してみるがいい」
愛姫は再び、馬の足音に耳を傾ける。
「うっ⁉」
(何これ、音がバラバラ⁉ 全然一定じゃない⁉)
蹄が大地を蹴る音。先ほどまで一定のリズムを刻んでいたのだが、今回は音がズレているように聞こえる。
(違う、これは……⁉)
蹄の音が多い。一匹の馬に付いている脚は四本。それなら一定の間隔で聞こえる音は四つが普通だ。
しかし、今聞こえてるのは八つ。いや、それ以上である。
(中にアイツ以外の馬がいる⁉ だとしたら――まずい!)
「キャアア――!」
砂塵のカーテンの中で、ひとりの少女の悲鳴がこだまする。
――――――――――
一方、愛姫隊として同行していた喜多は……。
「せぇ――い!」
「ひ、ひぃぃぃ」
「お、鬼じゃ! 鬼がおる!」
自慢の槍捌きで敵の騎馬隊を、次々に薙ぎ払う。
「ば、化け物のじゃ!」
「誰が化け物じゃ! このぉ!」
人外扱いされ、頭に血が上る喜多。顔色はさらに激しくなり、「伊達の般若」の片鱗がうっすらと現れる。
「私は愛姫隊先方、名は片倉喜多。姫様の通る道を塞ぐのであれば、容赦なくこの槍の錆にしてくれようぞ!」
「片倉喜多⁉ あの『鬼の左月』の娘⁉ やっぱり鬼だ、化け物だぁ――!」
「そうか……、ならこの大地の養分にしてくれる! 死ねぇぇい!」
戦わないのであれば見逃そうと思ったが、再びの鬼や化け物扱いに、堪忍袋の緒が切れる。
周りの敵兵を一掃すると、喜多の側に負傷した宗時が近寄る。
「喜多殿。世話をかけ申した、感謝致す」
「宗時様⁉ 動いては傷口が」
「もう大丈夫じゃ。それより愛姫様が……」
「そうじゃ、姫様⁉ 愛姫様は何処に⁉」
宗時はすぐ側に円を模った、砂塵のカーテンを指差す。この中に愛姫がいると言うのだ。
「キャアア――!」
「姫様⁉ 今助けに参りますぞ!」
しかし、そうはさせまいと相馬の騎馬隊が、再び行く手を阻む。
「っちぃ、馬鹿共がぁ……。そこを退けぇぇ!」
再び鬼の形相になった喜多は、騎馬隊の中に馬を走らせる。
――――――――――
「はぁはぁ……」
舞台は再び、砂塵の中。
先ほどと打って変わって、愛姫に余裕はない。
それどころか戦服は所々切れており、脚は擦り傷から出血している。
「そらっ!」
「ぐっ⁉」
間一髪、小太刀で攻撃を防ぐが、反応が遅れた分吹き飛ばされてしまう。
「痛ぁぁ……」
脚の擦り傷は、このように何回も吹き飛ばされて出来たもの。
攻撃はまだ続き、立ち上がったばかりの愛姫に槍先が襲い掛かる。
「ぐあぁ!」
カランと小太刀が地面に落ちる。槍先は愛姫の右の二の腕部分を掠める。
「ふはははっっ! もう小太刀も握れぬ、降参するがよい」
(くっそぉ、調子に乗って!)
掠ったといえ、出血は酷い。流れた血が、指先からポタポタと地面に落ちる。
(だけど、どうしたもんか……)
突破口が見つからない。
肝心の音も複雑になってからは、愛姫の攻撃は一度も当たりはしなかった。
「これで
正面から現れた槍を間一髪躱す。激しく避けてしまい、右腕の血が周りに飛び散る。
「ちっ、躱したか……」
「え?」
その時愛姫が見たもの。それは飛散した血液が砂塵に触れた瞬間、固まった砂が地面に落ちたのだ。
欠損していたカーテンは再び元に戻るが、愛姫は突破口を見つける事が出来た。
(なるほどね。音がダメなら、カーテンを剥がせばいい。だけどそれには……)
突破口は見つかったが、単純にそのための材料がない。とそう思っていた。
「あっ」
自分の腰に手を当てる。
取り出したのは、竹筒に水を入れた水筒だ。愛姫はニヤリと笑みを浮かべる。
「ふん。最後に一杯飲みたいのか、好きにすればいい。だが、飲んだら最後。我が槍が正面からお主を貫く」
「わかった。
カーテンの中では、槍を構える義胤。しかし愛姫は、水筒を自分の頭上に放り投げた。
「何⁉ 竹筒を⁉」
愛姫も投げたと同時に、真上に飛び、水の入った竹筒を蹴ってみせる。
すると、竹筒は高速に回転し、中の水を辺りに巻き散らす。
「バ、馬鹿な!」
「やぁ、お久しぶり」
スプリンクラーのような水は、砂塵のカーテンを引き剝がす。
中から水を被った義胤が姿を現した。気付いた時には、愛姫は義胤の正面に移動していた。
「さっきは散々と……、倍返しよ!」
「か、風⁉ 吸い込まれ――」
得意の回し蹴りの動作に入ると、義胤は渦巻に吸い込まれるように感じた。
「げぼばぁぁ!」
渾身の回し蹴りが、義胤の脇腹に直撃。衝撃で義胤は馬の上から吹き飛んでしまう。
「言ったじゃない、
傷ついた腕を押さえながら、愛姫はそう陽気に喋ってみせた。
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