12.余計な情報ばかりが出てくる
さらわれて連れてこられたのにこの少年は冷静だ。
時々不安そうに瞳が揺れてはいるけれど、見ず知らずの他人に囲まれながらちゃっかりシャワーを浴びて居座っていられるくらいには肝が座っている。
生まれ育ちが良いというか、毅然としていて目に見える範囲では取り乱すことはないみたい。
濡れた青白銀の髪はやっぱり少しいろっぽくて、それには成長後の青年コルフェの面影を感じざるをえない。
明らかに違うのは背格好で、私よりも頭二つ分以上背が低く、筋肉量の少ない腕や脚は触れたら怪我をさせてしまいそうなほど細い。
未成熟な柔らかい背中に触ろうとすると、
「お姉さん、お名前は?」
「えっ」
「お姉さんのこと、僕なんて呼んだらいいですか?」
コルフェに顔を見上げられて問われ、話の始まりから行き詰まってしまう。
私と彼は今夜がはじめましての初対面なのだ。
状況を確認するためにも自分を連れ去った人間のことを知る、となればまず名前から聞く。
常識的にもそうなるだろう。
コルフェにとっては当たり前の質問で会話の始まりとしてもごく自然な流れなのに、私は緊張してしまう。
私はモブでコルフェのトラウマメイカーの女。
(うっ。な、なんて答えたらいいの……)
私にはコルフェやミシュレットのような顔グラフィックはおろか固有名詞なんてものは存在しない。
悪意のない彼の真っ直ぐな視線が痛くて、思わず顔を背けてしまう。
(名前……名前なんてないよ、トラウマメイカーの女なんて言えないし……トラウマ、メイカー……ううん)
鏡台のほうへ振り向く。
相変わらずぼやけたままの自分の輪郭を両手で触って思い出す。
転生してトラウマメイカーになるまでの自分は誰だったのか。
例えば私はちょっと前まで≪シュテルフスタインⅡ≫をプレイしていた一般人女性。
中小企業でOLになって、社会人やってはや三年。
職場では休憩室でおばちゃんたちの愚痴を聞きながらお昼ごはんを食べ、上司にセクハラ紛いな小言を言われながらも何だかんだで真面目に仕事をしてきた。
そんな私の帰宅後の楽しみは、ちょうど社会人一年生の頃に発売された≪シュテルフスタインⅡ≫だった。
池袋の大型アニメショップ本店で予約して、サントラとアクリルジオラマ付きの特装版を買った。
でも、発売当初は仕事の内容を頭に入れるのでいっぱいいっぱいで、すぐに遊ぶことはできなかった。
それを会社に入って三年、ようやくほこりをかぶってしまったゲーム機を引っ張り出して遊び始めたら、そこからは、さぁ夢の世界。
沼ってしまうことは八年前に発売して神作と乙女ゲームファンの間でうたわれた前作、≪シュテルフスタイン≫初代無印から予期していたとおり。
みるみるうちにはまりこんで、休日は朝から晩までゲームの攻略に費やした。
発売から三年経ってもありがたいことに公式からの供給は多く、私はゲーム本編を周回遅れで遊んでいたけれどまだまだコンテンツが拡がっていて、人気も絶えないおかげでめいっぱい楽しめた。
この夏、期間限定で開催されるコラボカフェにもSNSで友達になったロビンソン推しの子と遊びに行く予定だった。
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