第3章:完璧で究極の査察

査察に行くならどこに行くの?

 というわけで、なんやかんやあったが査察再開だ。いつまでも番外編引きずっているわけにもいかぬからな。物語にはテンポも大事だ。


 今回はまだ反省中のオフィーリアとグロリアは抜きで。


 というわけで、一緒に付いてきやがるのはまさかの……


「小生、久しぶりに太陽の光を浴びたでござる、早く蒸発したい」


 そう、まさかのエンシェントデーモン、サクリエルだ。マジかよ、どうかしてるぜ。早く蒸発しねえかな。こやつを引き連れて査察なんて我が一生の恥なのだが。


 まあ、身なりは外行き用に綺麗にコーディネートしてあげたから良いのだが、どうしても拭いきれない元来の喪女っぽい気持ち悪さが抜けきらぬ。


 堕天使っぽく白と黒のゆったりとしたワンピースのロングドレスに、足元まである長い黒髪は緩く結わえてその黒い角が強調される髪型にしてみた。


 そのすらりとしたモデルのような長身が、猫背のせいで台無しなのが残念だが、逆にざっくりと空いたワンピースからそのムカつくほどご立派な胸元が強調されてしまってなんだかセンシティブ。無自覚無防備のエロは、それはそれでエロいんだよなあ。


「サクリエルのクセに生意気だ」


「おげぇッ、お、おっぱい叩くのやめてくだされ」


「我の目の前にそのだらしないおっぱい放り出してるのが悪い!」


「理不尽の極み!」


 ひとりで魔界に向かわせたはずのサクリエルがなにやら気持ち悪い動きでだばだばとこちらに走ってきたので、「ぱぅッ」咄嗟にビンタで落ち着かせると、その走ってきた勢いのままもんどりうって転がるサクリエルの顔面を足蹴にしながら話を聞くことにした。


「気のせいか、小生の扱いだけ酷くないでござらぬか?」


「いや、むしろ貴様にしては良い待遇だろう。キモい動きで我をビビらせるとはいい度胸だ」


 我が足元でじたばたしているサクリエルの姿はあまりにも無様でいたたまれない。自身の美貌に無自覚すぎて残念系美女すぎる。もっとシュッとしていれば我が護衛にしてやらんでもないのに。こやつからは百合百合した気配を感じないからな、それだけはなんとなく安心だ。


「で、何の用?」


「なんか冷たくはござらぬか?」


 そんなこと言われてもしょうがないじゃないか。もはや起き上がることすら諦めて地面と同化したようにみちみちとめり込んでいくサクリエル。


「かくかくしかじか」


「え、領地が奪われた?」


 火炎獣領、ントゥンガネーリャ。


 絶え間なく噴火し続ける無数の火山と灼熱の砂漠、あまり雨も降らず河川もほとんどない。脆弱な人間にとっては住むことはおろか足を踏み入れることすら難しい過酷な地域だ。


 しかし、それでもそんな劣悪な環境ですら神の加護の元なんとか住んでいる者がいるという。まあ、魔物にとっては最高の環境だ、我が領地とするのはあっという間だった。


「ところで、なぜ魔界に向かっていた貴様がントゥンガネーリャのことを知っておるのだ?」


「いやいや、勘違いしては困る。小生は決して逃げようとは思ってないでござる。背中の傷は剣士の恥でござるからな!」


「逃げたのか、貴様」


「ぐえ、そ、そろそろその可憐なおみ足をどけてはござらぬか。ご褒美にしては少々長い気がするでござああああ痛い痛い、小石が、小石が小生の美しい顔にめり込んでぎゃあああ!!??」


 あの過酷な領地を任せていたのは、イフリートのファジムだったな。あやつなら問題ないと思っていたのだが、領地を奪われたとは一体どういうことだ?


「昨日、近所の魔王領に行ったんです。魔王領。そしたらなんか魔族がめちゃくちゃいっぱいで座れないんです。で、よく見たらなんか垂れ幕下がってて、人間間引き、とか書いてあるんです。もうね、アホかと。馬鹿かと。お前らな、間引き如きで普段来てない魔王領に来てんじゃねーよ、ボケが。ただの人間だよ、人間。


 なんか親子連れとかもいるし。一家4人で人間狩りか。おめでてーな。よーしパパ聖戦士倒しちゃうぞー、とか言ってるの。もう見てらんない。お前らな、純粋無垢な人間の子どもやるからその席空けろと。


 魔王領ってのはな、もっと殺伐としてるべきなんだよ。Uの字テーブルの向かいに座った奴といつ喧嘩が始まってもおかしくない、刺すか刺されるか、そんな雰囲気がいいんじゃねーか。女子供は、すっこんでろ。


 で、やっと座れたかと思ったら、隣の奴が、自称俺TUEEE最強装備で、とか言ってるんです。そこでまたぶち切れですよ。あのな、俺TUEEEなんてきょうび流行んねーんだよ。ボケが。得意げな顔して何が、俺TUEEEで、だ。


 お前は本当に俺TUEEEと戦いたいかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。お前、俺TUEEEって言いたいだけちゃうんかと。魔王領通の小生から言わせてもらえば今、異世界転生通の間での最新流行はやっぱり、悪役令嬢、これだね。最強悪役令嬢ロボット戦記。これが通の頼み方。悪役令嬢ってのはざまあが多めに入ってる。そん代わり戦闘が少なめ。これ。で、それに大盛りバトル(ロボット)。これ最強。


 しかしこれを頼むと次からなろう系にマークされるという危険も伴う、諸刃の剣。素人にはお薦め出来ない。まあお前らド素人は、異世界チート系でも倒してなさいってこった」


「…………………………何言ってるの、貴様」


 まさか、グロリア越えのキモコピペしてくるとは思わなかった。何なん、こやつ、本当に気持ち悪いんだが。


「ヘラ氏、その蔑んだ眼差しやめてもらえませんか、変な性癖に目覚めそうでござる」


「ひッ」


 思わずサクリエルを踏みつけていた右足を飛び退くように離す。下手な魔法よりも精神的ダメージがすごいんだが。こやつといると無性にSAN値が減っているような気がする。こやつは邪神か旧支配者かなんかなの?


「ふぅ……、美少女からの足蹴と蔑みは養分にしかならないでござるな」


「い、いいから要件を言え」ぞわっと寒気、一歩後退。


「つまり、領地にはファジム様の姿がなく、世紀末な無法地帯になっていたでござる。これは急いでヘラ様にお伝えせねばと馳せ参じた次第で候」


「怪我の功名がすごい」


 サクリエルは無数の小石を顔面に突き刺したまま、それをものともせずガッツで立ち上がると、ぷるぷると生まれたての小鹿のように震えながら「あぶねー、致命傷で済んだぜ」などと宣う。そんなカッコよく言われても貴様が登場してから見せ場なんて今んとこ一つもないぞ。


「まあ、何はなくともひとまず、火炎獣領、ントゥンガネーリャに行ってみないことには何もわからぬ……おい、サクリエル、貴様も一緒に行くのだぞ、何逃げようとしてるのだ!」


「おぎゃあッ、背中に傷が!?」

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