第3話 隣の席の枝元さん

 アナウンスは終わり、暇になってただただ呆然とした。

 

 いろんな出来事があって、ここに至るまでの事が脳内で再生され始める。

 


 最初は確か、十月終わりの二十五日だった気がする。

 

 友達のいない僕に珍しく話しかけてくる女の子がいた。

 

 その子は隣の席で、見た目はいわゆるギャルというものに属するのか、金髪で表情豊かな目が大きな女の子で、僕に話しかけてくれた。

 

 僕は一年時には部活動の先輩と友達が一人いたが、二年の夏を超えたあたりで全員いなくなってしまった。


 そんな僕は会話できる人はいなく、ぼっちであった。


 夏休みが終わった秋頃に入っての席替えで、左端の席になってその子は話しかけてくれた。


「初めまして、枝元美奈です」

 

 僕に対して自己紹介をして、その子は一礼をした。


 最初は声が出ずに一応に頷くことしかできなかった。


 

 見た目とは裏腹に、ちゃんとしている人。親切な人なのかもと感じた。

 

 同じクラスなら、相手の名前は知っていて当然みたいなのが、みんなの当たり前だと思っていた僕は、親切で変な人だと感じた。

 

 そんな枝元さんは他の人と何ら変わらない対応を僕にしてきた。

 

 消しゴムを忘れた時に先に気づいて貸してくれたり、朝に合ったら挨拶をしてきて天気の話を繰り広げたりと、本当の友達みたいに気さくに話しかけてくれる。


 僕はそんな枝元さんに対して少しの興味を抱いた。


 それが十月の始まりで、僕は初めて枝元さんの挨拶に対して声で返事をしてみた。


「おはよ」


「えっ……」

 

 枝元さんはかなりの衝撃だったのか、目を見開いて石のように固まった。


「ん?」


「あっ……おはよう!」


 枝元さんは口角を上げてもう一度挨拶をしてきた。

 

 なんだが表情がいつもよりも明るく感じた。

 

 それから僕は朝に出会うと挨拶を返すようになった。


 挨拶に答えると枝元さんは嬉しそうな表情をして、また天気の話をする。


 いつしか本当に少しだが、会話的なこともするようになった。


「今日は曇りだね!」


「曇りだ」


「今日は寒いね。野々山君は寒がり? 暑がり?」


「どうかな、たぶん暑がりかな」


「へぇー、私は寒がりだよ!」


 気づけば枝元さんはタメ語で、はじめよりは気が楽に感じた。



「野々山君、いまってどういうお話してるの?」


 先生からの連絡話中に、枝元さんが言う。


「ん?」


「聞いてなかった」


 枝元さんはポカーンとした表情で言う。


「なるほどね、いいよ」


 教室内で男の子が一人、先生の横で一礼している場面だった。


「なんか、十二月で転校するって言ってた。お父さんの事情で? みたいな」


「へぇー」


 枝元さんは稀に全然話を聞いていない時に、こうやって復唱を頼む。


「ありがとうね」


 意外と抜けてて、不思議だ。


見た目、特に金髪っていうところでクラスの中心的な位置にいる人物だと勝手に思っていたが、男の子と話している場面はあまり見たことはないし、みている感じは友達が多いタイプには見えない。友達が多ければ僕と関わろうなんてまず思わないだろうしね。


 枝元さんにとって僕みたいなタイプが関わりやすかった。もしくは引っかかるものがたまたまあったのだろうか。


 考えても何も思いつかなかった。


 そんなある日、枝元さんが体育の授業が終わっても戻らない事が起こった。


 先生が言うには、授業中に体調を崩して病院に行ったという。珍しい事だった。


 次の日の朝、枝元さんからの挨拶はなく、何があったのか気になっていた僕は話しかけようとタイミングを伺っていた。が、放課後を迎えて先生に呼び出された枝元さんは職員室へと行ってしまう。


 次の日、自分から席に着いた枝元さんに挨拶をしてみた。


「おはよう」


 いつもの枝元さんならきっと、優しく喜んでくれると思った。 


「おはよ、野々山君」


 帰ってきた挨拶は冷淡で、枝元さんらしいものではなかった。



 体も凍えてしまいそうな、そんな寒気を感じて反射的に瞬きをした。 


 枝元さんの姿は遠ざかっていく。まるで何かに意識を引っ張られているように。


 次の瞬間、僕は橋の中央部分にてあぐらをかいていた。


 あの白い空間で言っていた時間を過ぎたのか、元の位置に戻っていた。


「さむ……」


 十一月の夜は秋というよりは、もう冬がそこまで来ている冷え方だった。

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