死にたがりな僕らの一か月
幸
第1話 はじめて自殺した日
午前八時半、憂鬱な一日が始まる。
「おはよう」自分に言い聞かせるように、何もない白い天井に言い放つ。
朝が来た、ここ最近必ず来るこの朝が辛い。
昨日で終わるはずだったのに、僕はまだ生きている。
朝が来ることで、人生に向き合わなければならない。
起きてもベットから出られず。ただただ時間を溶かす。
ビビビッビビビッ、扉前に置かれた時計が鳴り響く。
けたたましく鳴り響くそれには、ベットから一歩も動きたくない身体を強制的に起こす力がある。僕はそんな習慣という名のゴンドラに乗って、ベットから抜け出す。
そうして時計を止め、一階のリビングを目指す。
人の気配はない、親は共働きで朝に遭遇する率はほぼないと言える。
冷蔵庫に貯蔵されているゼリー飲料を手に取り、学校に向かう身支度を始める。
「『自殺』が急激な減少傾向へ」テレビ画面に表示された文字を一瞥する。
ピッ、つけっぱなしにされていたテレビを消し、いつもの流れに身を任せる。
部屋に置かれたヘッドホンを取りに行き、頭にかけて家を出る。
憂鬱である。歩くことも、考えることも、呼吸することすら、今の僕はしたくない。
装着していたヘッドホンからは声のない西洋の音楽が流れる。
音量は車の音を把握できる程度のささいなBGMに。
鳥の鳴き声、枯葉を引きずる風の音、歩けば歩くほど増えていく足音の数。目的地に近づいていくほどに増えていくそれに飲まれないように、歩く歩幅、スピード、目線を変えずに音量を上げる。
先ほどまで掴めていた耳での情報を遮断し、視覚だけとなる。
ちょっかいを掛け合う二人組の男子、横一列の女子集団、自転車を押して歩いている人、汗だくになりながら走っている人達。
そんな人たちを横目に学校に登校した
午前授業は終わり昼を迎える。
うちの学校には学食はなく、みな持参した弁当やコンビニで買ったものを食べる。
教室で食べなければいけないというルールはなく、授業終わりは騒がしく教室を出るものが多い。中庭、グランド、大教室、音楽室に美術室。鍵が施錠されていなければ使用できる。施錠されている教室は必ずしも利用できないわけではなく事前に予約をすれば使用が出来たりする。
教室は数分もしないうちに男子の過半数と女子の数人がいなくなる。
僕は左端の席で一緒に昼ごはんを食べる人はいないため、席を動く必要がない。
だが、今は教室での居心地が悪く、ひとけのない屋上で昼食を食べる。日ごろは施錠されていて、利用はできない。諸事情により鍵を僕が持っているというのも足を踏み入れられない要因にある。
ご飯は冷蔵庫に貯蔵されていたゼリー飲料を二つ、バックからヘッドホンを取り出し、屋上扉に背中をつけて目を閉じる。昼のこの時間は音楽ではなく、ラジオに切り替える。
今どきの若者が聞きそうなリズム感の音楽が流れている。
秋風にしては静かな風に揺られて、目を閉じて音楽に集中することで思考を停止させる。
【お昼時にこんにちはっ! 坂本唯と申します! みなさん、元気ですか?】
「っ⁉」
突然の声にびっくりしてヘッドホンを耳元から遠ざける。
【……て、…よですね】
かなりの衝撃で自身の耳を疑って思考した。
「元気、か……」
空を見つめて、音量は下げずに首元にかける。
【朝のニュースで……言ってた……、曇り……ですよね!】
時より訪れるノイズによって会話内容がまったくわからなかった。
聞こえた単語的に今日の天気の話で、曇りだっていう事なのだろうと考察する。
ガシャガシャ、屋上扉のドアノブの音。身体に振動が伝わる。
たまにあるのだ。二週間に一度ぐらいの頻度で、屋上が解放されている可能性に挑戦するものたちが。わからなくはない、屋上と言えば、人は少なく、様々な恋愛系の映画やアニメでよく使われる場所。だからその気持ちは分からなくないが、
ゴンッゴンッ、諦めの悪いタイプが来たみたいだ。
ゴン! ゴンゴンッ! ゴンゴンッ!
こういう場合は扉前を離れ、大胆に寝そべる。髪が乱れるので少し嫌だ。
空には暗めの雲が太陽光を遮ってどんよりしていた。
結果、チャイムの流れる五分前まで粘っていた。この感じ、確か先週来ていた人もそうだった気がする。なにか大事なようでもあったのだろうか、諦めの悪さには少し関心してしまう。
先生が教卓で両手を軽く合わせホームルームは終わり。放課後を迎える。
机にかけたバックを取り、左耳につけた無線のイヤホンをヘッドホンに変え、教室を後にしようと後ろの扉から退出した。
きっとあの教室から学校を出るのは僕が一番早いんだろうなって、二階の教室を一瞥して歩みを進めた。
午後四時半、帰りの音楽は朝と変わらない西洋の音楽を聞いて、家までの道のりを朝と何ら変わらない憂鬱に駆られながら一軒家の前に着く。
僕は玄関を前になんとなく一礼をして、そのまま学校の反対側に向かって歩いた。
先には町と町を結ぶ大きな橋があって、僕は中央に当たる所まで歩き、フェンスに手をついて景色を眺めた。季節はとうに秋を迎えているのに、夕陽にも夕方でもなく雲一つない晴天だった。今日の天気予報は曇りであると、昼のラジオで言っていた覚えがあった。
照り付ける太陽に手で顔を覆い、一日ずっと憂鬱だったこの日が、最高の一日に代わる可能性を感じ、つけていたヘッドホンをバックにしまった。
フェンスを掴む手に力を入れて乗り越える。神様は最後に曇りではなく、晴天の下で終わらせるチャンスをくれたのだと思った。
後ろで捕まっている手を離し、ギリギリの位置まで足を前進させる。
川の流れは速く、音も大きく感じる。まだ実行していないはずなのに、川はどんどん近づいているように感じる。妙な既視感を感じた。
両手を広げて瞼を閉じ、重心を前にかける。
前からくる風が徐々に強くなっていく、自身の身体が川に向かっていくのをスローモーションに実感した。
脳裏に隣の枝元さんの顔、クラスの山岡君の顔、病院の人の顔、そして両親の顔がよぎる。これが走馬灯というものなのかと、あっけらかんと口を開けて笑っていた自分に気づいた。
足が橋から離れ、風が頭から下半身にかけて強く押してくるのを感じた。その一方で自身がまるで固い石になっていくように、足先から思い重力も感じた。体感で一分近く、水の音が徐々に爆音になっていく。微かに匂いみたいなものを感じ、死というものを間近に感じた。と思った刹那、僕はまだ橋の上に立っていた。
水の衝撃はなく、間近に感じた風や匂いは消え、瞼の裏で覚えのある熱を感じた。
顔を触り、身体を触り、ゆっくりと目を開くと数秒前の見慣れた光景だった。
橋のフェンスを跨ぐ前の状態だ。
変だと感じた、死にたい気持ちが先行して、錯覚したのかもと考えた。
まさか、ビビっているのだろうか。そんなことあるはずがないのに。
再度、フェンスを乗り越えて、目を閉じてもう一度飛び込んでみた。
なんの迷いもなかった。
結果同じことが起きた。
僕はまた、フェンスを乗り越える前の状態に戻っていた。
次は目を開けたまま飛び降りてみた。水面に身体が衝突するコンマ一秒、反射的に目をつぶってしまった。何度飛び降りても橋上に戻っての繰り返しになって、一度 冷静になろうとフェンスから手を離して少し考える。
「諦めましたか?」
そんな中、突如として少年の声が聞こえた。
小学校高学年、中学生ぐらいのあどけなさが残る少年の声だ。
僕は声が聞こえたことに対して、かなりの衝撃と不信感を抱いた。
「反応なしですか?」
声が聞こえてはいるが、どこから声を掛けられているのか全く分からない。
不思議な感覚だ。方向は分からないが近くに聞こえる。
「あっ、あーー、あーー、」
耳で聞こえた、右側だ。
今までに感じていなかった距離感を声で認識する。
バス一台分くらいの距離に少年はいた。
首元に手を当てて傾げて、発声練習なのか「あー、あー」と声を発している。
見た目は少年で、全身白いスーツをピタッと着こなしていた。
美形と言うのだろうか整った顔立ちで、金髪の髪が似合った少年だった。
「あーー、あーー。まぁ……こんな感じか……」
少年は発声練習が終わったのか視線をこちらに向ける。
距離にして一メートルにも満たない場所から僕を見つめた。そして、困った顔をして頭を抱え、またもう一度視線をこちらに向ける。
「まぁ、いいか……。初めまして名前はテンと言います。呼び捨てで大丈夫ですよ。貴方は今日、自殺をすることが出来ません」
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